大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

タグ: 自閉症

且⊂(゚∀゚*)ウマー

2019年も後半戦に突入しました、が。毎日、体調も精神状態も一定ではなく、一日中調子のいい日ってのが少なすぎて、うまく行動できていないかったりします。
こうしてブログを書く機会も減っているのがいい例ではないかと。書くネタは色々あるんですけどね。

発達障害の解説を行うYouTubeチャンネル準備中
ってことで、先月から、新たにYouTubeのチャンネルを2つ作成し、現在、その下準備を行っていたりします。
ひとつは、釣りとアウトドアに関するチャンネル。
もうひとつは、自身の発達障害についてあれこれ解説するチャンネル。
特に発達障害のチャンネル、なんだけれど…このチャンネルで色々と、発達障害その他に関する情報を流してみようかと考えていたりします。
チャンネルはまだ開設したばかりだし、動画の投稿も行えていないので、URLは、いずれこのブログでもお知らせします。

なぜ発達障害の情報…?
で、あえて発達障害その他に関する話を動画で提供しようとしているのか、だけれど。
そもそも、私は、発達障害の当事者であって、医師でも心理士でもない。なので、発達障害について、専門的に勉強しているわけじゃない。となると、医学的な話というのを行う立場にはないと考えている。
その上で、特に当事者として痛感しているのが、発達障害に関する間違った情報が、ネットのみならず書店でも多く流されているという印象があるんだ。
そして、そうした間違った情報を、その当事者が過信していたり、そしてそれ以上に、発達障害当事者が、その障害の特性、つまり自分自身について、そこまで理解している人が少ないのではと思ったんだわ。
なので、発達障害という、障害そのものの情報については、例えば厚生労働省とか製薬会社などなどが、正しい情報を配信してくれているので、そちらに任せておくとして。
私自身は、当事者の視点から、私なりの考え方を伝えていってみてもいいんじゃないかな、と思っている、とまあ、こういうわけ。
特に、障害の特性を理解し、それをいかにカバーするか、その工夫に関する情報はあまり流れていない。確かに、障害の特性というのは人それぞれ違うものだから、その人なりの工夫が必要になってくるわけだけれど、その上で、私はこのような工夫を行っている、ということを伝えることくらいはいいと思っているんだ。
また、私の場合、「自閉症スペクトラム障害」と「ADHD」の2つの発達障害の特性を持っているわけだけれど、成人してから診断された影響もあり、その特性を、様々な資料と照らし合わせて自分の中でどのような思考状態になっているのか、ある程度の言語化ができるのではないかと考えているんだわ。

発達障害だけに限った話はしない
そしてもう一つ。
チャンネル名称は「発達障害と向き合う静葉ちゃんの情報局」、つまりこのブログタイトルと酷似したものにしているけれど、そうしたタイトルにはしてはいるものの、発達障害「だけ」の話をするつもりは今のところない。
と、いうのも、例えば、発達障害者が行っている様々な工夫は健常者(この場合の健常者とは発達障害者以外の方々を指すと考えて欲しい)にも有効なのがすでに解っている。
特に、発達障害者はストレスに弱いとされているんだけれど、そのストレス対策については、ある一定の学習を行っていて、マインドフルネスとコーピングに関しては、あくまでも私が行う上でだけれど会得してる。なので、そうした話もできるのではないか、と思うんだよね。
また、発達障害を抱えているお子さんを育てている方に対し、なぜお子さんがそのように行動してしまうのか、私に当てはめてある程度の推測ができるのではないかとも考えているんだ。
もっとも、本当にそういうことができるのかどうかについては、私もよく解ってはいないんだけれどね。

いずれにせよ、とりあえずチャンネルを作っただけで、まだ動画そのものは作成してはいない。
その動画の作り方についても、…発達障害者は、特に合成音声(たとえば、ゆっくりボイス)が聞き取りやすいとされているんだけれど、実際に合成音声とテロップで動画を作成するのか、それとも実写にて動画を作成するかについて、まだ悩んでいる。
手間がかからないのが実写なんだけれど、はてさて、どうしたものやら。

(・∀・)つ目 オチャノメ!
夏場でも熱いお茶を飲むのは、制汗作用にも有効なんだとか。
sports_suibun_hokyuu
実際に体温を下げるには、冷たいお茶、それも麦茶が最強!
何せ、麦茶には、カフェインが入っていないばかりでなく、ミネラルが豊富に含まれていて、血液サラサラ効果もあるなど、いいことずくめだったりしますよ。
それに、麦茶は、生産コストも安いですから。作るのが面倒くさいけど(´・ω・`)
そもそも、煮出し、水出し両用の麦茶が最近の主流になっているけれど、煮出し専用の麦茶のほうが、風味が豊かでおいしい、だけど、煮出しして冷まして、っていう行程が面倒くさいですからねえ。
それと、麦茶と一緒に、梅干しを食べるのもお勧め♪塩分補給とクエン酸による疲労回復効果、つまり夏ばて解消の効果が望めますよ
さてさて。

混在する「自閉症」「アスペルガー症候群」「自閉症スペクトラム障害」の診断名
さて、病気の診断基準として用いられているDSM-10ですが。
そもそも、ICDってのは、病気を診断するための基準。まあ要するに、病名をつけるための目安であり、そして国際基準でもあります。
で、この、ICD-10において、「広汎性発達障害」という区分の中に、「自閉症」「アスペルガー症候群」という診断基準があったのですが、アメリカ精神学会の研究結果に伴い、「自閉症」と「アスペルガー症候群」が統合され、「自閉症スペクトラム障害」という名称が使われるようになりました
ところが。
発達障害ってのは、まだよく分かっていない障害でして、研究が進むにつれ、いろいろと診断基準が変わってきたりしてて、ICD-10の区分でも、いろいろとややこしいことになっているんですね。
上記リンクは、現在使用されているICD-10における、広汎性発達障害に関する区分、つまり診断名のリストなんだけれど、このリストを見ると、「自閉症」「アスペルガー症候群」「自閉症スペクトラム障害」が、それぞれ診断名として現在でも混在しているのが分かります。
ただし、現在では、「自閉症」「アスペルガー症候群」という診断名を出すことがなくなっているようで、私自身が発達障害と診断されたときには、アスペルガー症候群という診断名であったものの、現在では自閉症スペクトラム障害という診断名になっています。でも、現在でも「自閉症」「アスペルガー症候群」という診断を行うことそのものは、間違いではないんですね。
ほんと、ややこしいなあ。

ICD-11が発表されました!
さて、そんな中、厚生労働省から、ICD-11が発表され、ICD-10が30年ぶりに改定される、との発表がありました。
詳しくは、上記リンクを参照のこと。
要約すると、
・2018年6月18日に、世界保健機構(WHO)が、ICD-11を30年ぶりに改定し、現在、厚生労働省は、その和訳を行っている
・2019年5月以降に、和訳したものをWHOに提出すること
このことから、ICD-11を用いての診断を、わが国では2019年5月以降に順次切り替えていく、ということになるようです

ICD-11における自閉症スペクトラム障害の診断基準が!!
ここで気になるのが、発達障害に関する診断が、今後どのようになるのか、ということなんですけれど。
厚生労働省の上記記事に、ICD-11のリンク(英語)があったため、それを確認してみたのですが、その中で特筆すべき点は、自閉症スペクトラム障害の診断が、知的障害などの状態により6段階及び特例の2種類、計8種類に分けられることになっているようです。
私は医師ではないため、ここで詳細を述べるのは避けますが、ともあれ、ICD-11がわが国で適用された場合、自閉症スペクトラム障害の診断基準が、さらに細かくなる、と考えています。
繰り返しになりますが、自閉症スペクトラム障害の診断基準に、知的障害などの障害の状態が組み込まれることになる、というのは、非常に大きな点ではないでしょうか
ただし、知的障害は知的障害で、それぞれの診断基準があるため、知的障害と発達障害を同一区分としては診断しないことが見て取れます。
ちなみに、ICD-11における自閉症スペクトラムの区分コードは、【6A01】になっています。

ADHDの診断基準も変わるらしい
そして、ADHDについても、診断基準が少しばかり変更になるようです。
こちらも詳細を述べるのは避けますが、このADHDについては、知的障害を含む診断基準は設けられていません。

それから。
ごめんなさい、学習障害についての区分がどうなっているのかについては、私はよくわかりませんでした。

ICD-11が発表されはしましたが…
さて、このICD-11が発表されたことについてですが、当事者の私からして、「あ~、そうなんだ」程度の気持ちで考えていただいたほうがいいと思います
そもそも、障害の診断を下すのは医師の仕事ですし、私たちがその発表を見たからといって、自己診断することはできませんから
それに、将来的に、診断名が微妙に変わりはするでしょうけれど、だからといって、それで現在の私たちに対して何か変わるのかが不明瞭でもあります。
いずれにせよ、このICD-11での診断が下されるようになった場合、特に自閉症スペクトラム障害の診断を受けている私を含む方々は、いずれ、その診断名が微妙に変わる、というくらいに考えておけばいいと思いますし、その診断名が変わったところで、とくに影響が出ることはない、という感じです。

参考リンク
この、ICD-11の改定において、参考になる記事がありますので、そちらを紹介します、というか、むしろ私のブログよりも、そっちのほうが参考になるはずです、はい。

↑こういう本は、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)と診断されていない、ごく普通の方々でも読んでみると、色々と参考になったりします。
ただし、この本を読んだ上で、「私はアスペルガーだったんだ!」とかいう自己判断は絶対に避けてくださいね。そう思う方の大多数は、実際にはアスペルガーじゃなかったりするんです、はい。



ドウモ( ・∀・)っ旦
ブログ記事は、メインPCだけでなく、タブレットPCでも執筆してたりします。
タブレットPCは、8インチのAndroid端末。こちらにATOKもインストールしているから、日本語入力環境はほぼ同じ。そのタブレットPCにキーボードとマウスを接続して使用している、とまあ、こういうわけ。
もっとも、メインPCと全く同じ環境でブログを執筆できるわけではなく、微妙に不便さはあるんだけれど、それでも、ただ単に文章を書くだけだったら、特に不便はなかったりします。
最近では、このタブレットPCをどのように使うかについて、色々と悩んでいたりもしますけれど、まあそれはさておき。

生放送中で受けた相談
さて、ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を受けることがある。その相談内容も様々なんだけれど、そんな中、とある会社のお偉いさんから、とある相談を受けたんだ。
採用した従業員は、診断を受けたわけではないんだけれど、発達障害の可能性があり、うまく業務をこなすことができない。どのようにすればいいのだろうか。
この相談を受けたときは、実のところ、現在のように発達障害と、それに関連するであろう様々な情報を掴んでいる状態ではなかった。その上で、次の事を伝えている。
  • 発達障害の診断を受けるよう会社から促すのは、会社とその従業員との信頼関係を構築してからのほうがいい
  • その従業員が、どのようにすればうまく業務をこなせるようになるのか、一緒に考えること
  • 実際に発達障害と診断された場合は、様々な福祉サービスを利用することができるので、会社としても積極的に取り入れるよう
現在の私が同じ相談を受けたら、当時よりさらに知識を得ている私であっても、同じ回答をしている。ただ、もっと細かいところを伝えていたのかもしれないけれどね。
また、それでもうまくいかない場合は、最悪、その従業員を切り捨てることも考えなければならない、というところまで伝えてある。これは会社としての利益を守るためでもあるし、また、その従業員にとっても、残酷な表現ではあるけれど有効だからなんだわ。
その後、どのようになったのかについては、私は知らないし、知る必要もないと思う。でも、双方にとっていい方向に進んでいるんじゃないかなと思っていたりもします。

アスペルガー者への仕事の指示の方法
さてさて。
自閉症スペクトラム障害、つまり自閉症やアスペルガー症候群の人へ、何らかの仕事を行わせる場合、これは健常者よりも、伝え方を工夫しなければならない。
これは、仕事のみならず、私生活についても同じ事が言えるわけだけれど、ともあれ、健常者側が、アスペルガー者に対して指示を行う場合、次のことを心がけて欲しい。
  1. あいまいな表現を避ける
  2. 指示は細かく行う
  3. 業務は細分化させひとつの業務だけに集中させる
  4. その仕事は何のためにあるのか理解させる
とりあえずは、この4点だ。
もちろん、個人差もあるんだけれど、大ざっぱに、この4つを心がけてくれるといいと思う。

あいまいな表現を避ける
自閉症スペクトラム障害の特性を持つものは、あいまいな表現、あやふやな表現を理解しづらい傾向がある。もちろん私もだよ。
たとえば、「適当にやっておけばいいから」という表現。この「適当」というのが、どのような状態なのか、自分たちは理解しづらいんだわ。
それよりも、コンピュータプログラムのように、きっちりと事細かく指示を出したほうがいい。
また、「適当」という表現をできるだけ用いず、「誤差」という表現が使える場合であれば誤差がどれくらいまでという感じで伝えると解りやすい。
その他、「もう少ししたらできる」という表現の、「もう少し」という表現も、その「もう少し」が、どれくらいの時間なのか判断がつかないんだ。なので、「あと5分くらいかなあ」って感じに、おおまかな目安を伝えてくれると安心できるし理解もできる、とまあ、こういうわけ。

指示は細かく行う
次に、指示の出し方についてだけれど、これも工夫が必要になってくるんだ。
「この仕事やっといてね」という感じで、普段なら指示を出して特に問題はないと思いがち。
でも、ただ単に「この仕事やっといてね」だけだと、その作業を終了させた後どのようにすればいいのかが伝わっていないので、その仕事が終わったあと、その指示を受けた者は事実上手持ちぶさたになってしまう可能性があるし、その他、色々と戸惑うことにもつながりかねないんだ。
なので、「この仕事を、○時までに仕上げて、仕上がったら一緒に確認するから声をかけて。解らないことがあったら○○さんに聞いてみてね。何かあったら私に相談しにきてもいいからね。」とかいう感じで、できるだけ細かく指示を出してあげたほうがいいんだ。
これは私自身の体験談になるんだけれど、とあるIT関係の訓練を受けていたことがあったんだ。
その訓練の場で、私は、全部、独学でやってのけた。資料も潤沢にあるし、自力で覚えることができるから。
ところが、だ。
私の隣に指導員がいて、その指導員に色々と相談しながら学習を進めるべきだった、でも何も相談しないから指導員が手持ちぶさたになってしまっていた、というのを聞かされた。そのときになってはじめて、「この人に聞いてよかったんだ」ということを理解した。つまり、誰かに聞いてもいい、ということを私は知らなかったし、気がつかなかった、ということになる。
そもそも、そうして「質問していい」という事を知らされていなかったものだから、質問するという手段があること自体気がつかなかったってわけ。
ただ、この場合、私自身が独学で学習できるだけの理解力があったのも原因ではあるんだけれど、その上で、そうして、「○○してもいい」ということを伝えておかなければ、そうした選択肢を思いつくことすらない、ってわけ。

業務は細分化させひとつの業務だけに集中させる
この項目は、「そんなもの当たり前でしょ」なんて思われるかもしれないけれど、これがけこう難しいんだわ。
たとえば、「これ、○○まで持って行って」という指示を出したとする。その上で、「あ、ついでにこれも」と指示を出した瞬間、混乱してしまうんだわ
上記の例は、きわめて単純な仕事だし、ついでの仕事を頼むってのも、特に珍しくはないはずだ。でも、こうした単純なことを追加するだけでも、非常に混乱してしまうってわけ。
なので、ひとつの業務を行わせているあいだは、できるだけその業務にだけ集中させ、追加で業務を与えないようにし向けたほうがいい。
あるいは、細かくミーティングを行い、作業の進展具合を確認しながら、どのようにすればいいのかを伝えていく、というのも有効な手段でもある。
さらに、行わせたい業務は、できればポストイットメモで書いて、それを渡すようにしておく、なんて手もある。
その他、様々な細かな工夫が必要になってくるんだけれど、ともあれ、そうして、今行っている、あるいは行わせようとしていること以外のことは伝えないこと、もし伝えなければならない場合は、メモあるいはメールなどの、文章で指示を出すようにすれば理解しやすくなる。

その仕事は何のためにあるのか理解させる
自分が行っている仕事は、いったい何の為のものなのか。それを理解できているかどうかで、生産性は格段に向上するんじゃないかな。
特に、アスペルガー者は、今行っている仕事が何の為のものなのか、それを理解できなければ、うまく動くことができない場合もあるんだわ。
これは、「あいまいな指示を避ける」という話にも関連していることで、その「目的」が何なのか理解できていない場合、なぜこの仕事を行う必要があるのかが解らい、これはモチベーションの低下にもつながってしまうことでもあるんだ。
要するに、その仕事の意義や意味を理解させる必要がある、ってわけ。
「とりあえずこれやっとけばいい」という感じで仕事をする、という感覚にはなかなかならないんだわ。

さらに大切なこと
とまあ、このように、4つの項目をざっと挙げてみたけれど、もちろん他にも様々な要素がある。
そして、もっとも大切なこと。
よく、仕事においては、「ホウレンソウ」が大切だと言われているよね。この場合の「ホウレンソウ」とは、「報告」「連絡」「相談」の、この3つのことなんだけれど、実はこのホウレンソウ、けっこう勘違いしている人が多い
このホウレンソウ、「部下は上司に対してホウレンソウを行うよう」なんてニュアンスで捉えているんじゃないかな。
ところが。これ、大きな間違いなんだ。
そもそも、「ホウレンソウ」を提唱した人は、「部下が上司にホウレンソウをしやすいよう環境を整えよう」としている。つまり、そうして、「報告」「連絡」「相談」をしやすくできるよう、上司は部下に配慮する責務がある、というわけだ。
そもそも、上司は部下を育てる責務があるわけだけれど、部下が発達障害者であるならなおさら、うまく業務を進行できるようにするために、その部下にある一定の配慮ができるよう取りはからう必要がある。
こうした配慮は、部下が発達障害者だからとかそういう感じではなく、部下ひとりひとりに、それぞれ違う配慮が必要になってくる。そしてそれは、「7つの習慣」でいうところの「信頼貯金」につながっていくんだ。
また、その上司本人がそれがうまくてきなくとも、ジョブコーチという制度があるので、そちらを頼ってみるのもいいんじゃないかな。

ところで。
ここまで、アスペルガー者に対しての、業務に関する伝え方について書いてきたけれど、これら項目を見て、違和感を感じた人もいるんじゃないかな。
と、いうのも、これらは、別に発達障害者相手ではなくとも、当たり前のことばかりだから
ところが、健常者の場合、細かく指示を出さなくとも、いわゆる「察する」ことで業務を遂行することができる。でも、アスペルガー者は、自分で判断できる要素が少ない場合、何をどうすればいいのか戸惑ってしまうし、あるいは、これまでの経験から、実際に業務で望むこと以外のことをやってしまう可能性もある。
それを避けるためにも、指示は細かくしたほうがいい。
中には、「それくらい自分で考えてやれ」なんて言う人もいるんだけれど、個人的には、そういう伝え方しかできない人は、部下が健常者だろうと発達障害者だろうと、人に指示する立場についてはいけないと思っているんだけどね。それは人に何かを伝える方法としては、やってはいけないことだと思うんだ。それよりも、一緒に考えよう、という感じで親身になってやれる人は、それだけ信頼関係も厚くなるんじゃないかな。







ドウモ( ・∀・)っ旦
発達障害と診断されて、ようやく3年が過ぎようとしている私ではあります。
診断されてしばらくは、「発達障害?何それおいしい?」って感じで、特に何も考えなかったんだけれど、数多くの医療関係者や福祉関係者さん達と関わっていくことで、それがいかに厳しい状況なのかを自覚していった次第。
今でも、発達障害に関する資料を読み解いていくと、絶望感しか出てこない、ってのが正直な感想ではあるんだけれど、それでも、自分自身のことだし、それに、私以外にも発達障害で悩んでいる方も多くいらっしゃるのだから、そうした方々への助力にもなれれば、なんて思っていたりもします。
特に私の場合、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群)及びADHD、さらに思考特性も変わっているとのこと。さらにIQが平均値以上だとのことなんだけれど、このIQの高さが、かえって生きづらくなっているそうだ。
そんなこと言われてもなあ。

基本的に標準語を話してます
さてさて。
私の普段の話し言葉は、生まれも育ちも徳島であるにも関わらず標準語です。
これは、私が記憶を失った23歳の頃に、「これから色々な人と話す機会が多くなるのだから、阿波弁だと、徳島県人以外には通じない、なら、いろんな人とふつうに会話できるようになるためにも標準語を話そう」と決め、独学で話し言葉を練習していった、って経緯があるからだったりします。
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当時は、車で移動中はラジオを聴いていたり、また、実際に標準語でしゃべる練習を単独で行っていたりしました。
発音に間してはまだ微妙なところはあるみたいだけれど、んでも、徳島県人に、「あなたいったいどこの生まれですか」と聞かれることも多々あり、私が徳島生まれの徳島育ちだと伝えると、かなりびっくりされていたりもします。
一方、うちの家族とは、阿波弁で話すことのほうが多い。つまり、私の阿波弁は、私の家族以外には使うことがない、ということになるんです。

悦子と話すのも標準語!
そして、婚約者の悦子に対しても同じく。
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彼女と出会った当初から、現在でも、私は悦子には標準語で話しかけていて、よく悦子は、「阿波弁が私にうつらない」とかぼやいていたりもします。
もっとも、私の母親の阿波弁が少しうつっているようですが。たまに「いけるいける(大丈夫、おいしいの意味)」が飛び出していたり。
また、私自身も、まれに悦子の広島弁が意識せず出てくることがありますが、私がそうして無意識に使う広島弁は、ごくわずかです。
だいたい、広島弁、よくわからん(´・ω・`)
「たいぎー」とか「たわん」とか、いまでも言われても意味を思い出すまでタイムラグがあったりします、はい。

阿波弁はむしろは話せない?
そんな悦子との会話だけれど、悦子は、私に、よく阿波弁を使うよう伝えてくるんだけれど、実はこれがかなり難しい。
と、いうのも、確かに私の家族とは、自然に阿波弁で喋ることはあります(もっとも、そもそも家族と会う機会そのものが少ないのだけど)。
だけど、そう言われて、いざ阿波弁を話そうとしても、標準語を阿波弁に変換する作業みたいなのを頭の中でやってしまって、うまく話すことができないんですね。なんか、阿波弁で話すのが抵抗があるというかなんというか。
思考力が低下している時には、ふと阿波弁で話をしていることはあるものの、普段は、阿波弁を話すのに、強烈な抵抗があったりするわけです。

アスペルガー者は標準語で喋る特徴が?!
ってことで、ここで1冊の本を紹介。
僕がこの病気を乗りこえてきてわかったこと ~コミックエッセイ アスペルガー症候群との上手なつきあい方入門
西脇 俊二
宝島社
2015-03-20

この書籍では、アスペルガー症候群を抱えている方の思考傾向や、実際にアスペルガー者の方に、どのような工夫や訓練があるかなどが優しく解説されているのですが。
この書籍にも、しっかりと、「生まれ育った家族以外には標準語で話す」ことが書かれていたりします。
この書籍に書かれている部分を見て、「いや私成人してから自分で標準語を話す訓練したんだけれど」なんて思ったんだけれど、特に自閉症系統の障害を抱えている人は、標準語を話す傾向があるんだとか。
それも、恋人、あるいは結婚したあとも、そうして標準語を話す傾向があるようでして。
おもいっきり私のことやんけ(´・ω・`)
悦子とは、いまだに、標準語で話をしていますし、付き合いだした当初は他人行儀だとかなんとか、そんなこと言われたような記憶もあるんだけれど、ともかく、現在でも、相変わらず、悦子に対しても、ほぼ標準語(たまに広島弁)で話すようになっております、はい。

悦子に対してだけのしゃべり方がある?
ただ、前述のように、悦子と話をしているときだけは、ごくまれに、悦子が使っていた広島弁が出ることがあります。
もちろん、広島弁を使うことそのものは意識していないですし、それに、悦子とは、今でも阿波弁で話すことができない。
んでも、こうして、悦子と話をしているときだけ、たまに広島弁が出るってことは、悦子に対してだけの話し方を私が無意識のうちに行っているんじゃないかな、と思うわけ。

付き合いだした当初から色々あったし、それに私が発達障害だと解ったのは、悦子と出会って1年が過ぎたころ。
今でも、悦子がわざわざ私のところまで来てくれていたり、それにほぼ毎日、何らかの形で連絡を取り合っていたりして、いい付き合いをしてくれていると思う。
love_couple_good
悦子が私と別れると決めたらそれまでだと私は思っているんだけど、その上で、今でも私と付き合ってくれているんだから、すごいもんだよ。
もっとも、悦子の気苦労ってのは、計り知れないとも思う。
発達障害の夫を持つ妻の立場から、いろんな苦労話を聞いているし、(医学的にはそのような症例は無いとされているけれど)カサンドラ症候群になる可能性だってあり得る。
現在でも発達障害の勉強を続けているのは、可能な限り、付き合う上での悦子の負担を減らしたいからなんだけれど、うまくいっていないところも多いと正直思っていたりもするんだわ。
それに、私だって何もできないわけじゃない。悦子にできるだけ配慮するよう心がけているつもりだけれど、それでもうまくいっているとは言い難いと思う。
私と悦子、違うところだらけで、同じところがこれっぽっちもない。んでも、うまく付き合い続けられるのも悦子のおかげです、はい。

今後も、悦子に、阿波弁で話しかけることは、かなり難しいと思う。んでもまあ、悦子に対してだけの話し方がある、ってのに気がついたってのは、案外大きなポイントなのかもしれないね。



ドウモ( ・∀・)っ旦
発達障害関係の資料を読み進めるごとに、「ああ、やっぱり私は健常者ではないんだな」とかいう感じで絶望感に襲われてしまっております。
発達障害は、脳の先天性の障害なので、病気のように「回復する」という概念がなく、むしろ障害がある状態が、自分にとっては正常なものだから、その正常な状態が「改善する」なんてことは医学的にはあり得ない。
そこで、精神学的なアプローチ、つまり考え方を変える(実際には、脳の中の前頭葉の状態を変更してやる、ということになるかな?)ことで少しはマシになるよう仕向けているんだけれど、それでも、健常者と同じ状態になることはあり得ないってわけ。
なので、いわゆる人並みの生活を送る事は、もともとできないんだなあ、なんて思っていたりもします。
それでも、何も出来ないわけじゃないんだけどね。

悦子が見る夢は…
ところで。
私の婚約者である悦子とは、遠距離恋愛中ではあるものの、インターネットなどの通信網が整備されているおかげで、毎日頻繁に連絡を取ることができている。
もっとも、私からは積極的には連絡をしていないところが、このあたりが自閉症スペクトラム障害の特性なのかな、などと思ってしまうんだけれど…。
そんな他愛のない話の中で、悦子は、時折、見た夢の内容を話すことがある。それも、私と仲違いしていたり、私が不倫していたり、私が悦子にとって嫌なことをやっていたりと、ともかく、私が、悦子が嫌がることをしている内容の夢が多いらしく、むしろいい内容の夢を見た、なんて話は、聴いた事がない。
もっとも、夢は夢だし、現実的なものではないんだけれどね。
まあ、中には、私との関係を続ける上で重要なのかも知れない不思議な夢を見た事もあったそうで、実際にその夢の内容に従って行動してみると、悦子が驚いたこがあったりする。このあたりの話も、機会があればいずれブログで紹介するとして。
その、夢の中で私が登場するだけでなく、すでに亡くなっている両親が登場したりと、ともかく、悦子にとって身近な人物が夢に出てくる、ということなのだそうだ。

私が見る夢は…?
一方、私は、夢を見る機会そのものがあまりない。気がついたら翌朝、目覚ましが鳴っている、という場合が多いね。
んでも、たま~に夢を見ることはある。
それも、実際には無いアニメや特撮ヒーローの番組を見ていたり、あるいはその主人公になっていたり。
また、車を運転している夢の場合は、その車の運転もかなりむちゃくちゃだったり。
まあ、夢は夢なのだから、その内容がいい加減であることは当然なんだけれど、そんな折。
とまあ、上記のツィート内容のような夢をふと見たりして、ここでふと思ったんだわ。
私の身内が夢に出てきたことって、ほとんどない。
むしろ、現実の生活の内容が夢に出てくることもほとんどないし、それに、悦子も夢に出てきたことは今まで一度もないんだわ。そのうち出てくるかもだけれど。

私の親の場合
ちなみに、私の母親の場合だと、母が幼い頃住んでいた家で、母の両親と、そして何故かその家があった時代には生まれてもいない、飼っていた2匹の犬のうちの1匹が登場して、「あんた死んだんじゃなかったの?」とか言ってた、とかいう話を、悦子と一緒にいた時にしていた。
うちの親は、そうして家族や親族の夢を見ることがあるようなんだが…
まあ、私も、一度だけ、その飼っていた犬達のうちもう1匹が出てきたことがあったと記憶しているんだけれど。
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↑こいつ。んでも、本当にうちの犬だったかどうかは、なんか自信がなかったりするんだけれどね。

自閉症の見る夢は…?
そんなこんなで、その天皇陛下が登場する夢を見たそのあと、ふと思ったんだわ。
もしかして、自閉症の特性を持つ者は、そうして家族や親族の夢を見ることは稀なんじゃないのかな、って。
自閉症、自閉症スペクトラム障害、アスペルガー症候群と、名称は色々あるんだけれど、そもそもその特性を持つ者は、興味を持つ対象が非常に限定されている。
私の場合は、特に人間に対して興味を持つことが出来ず、その結果、現在でも、人の顔と名前を覚えるのが非常に苦手。しかも、家族の誕生日すら覚えることができない。悦子の誕生日も、誕生日とは違う簡単な数字でのみ記憶していて、誕生日がいつかは、その数字から割り出さないといけないんだわ。つまり、何年何月何日、という覚え方をしていない、ってわけ。
そうした、他者に対する関心の無さってのが、夢の内容にも反映されているのではないか、と、ふと思ったんだわ。
もちろん、自閉症系統の特性も人それぞれ色々あるわけで、すべての自閉症の人がそうだ、なんてことは言ってはいないよ。それに、これは自分自身の経験を話しているだけだから。
その上で、様々な書籍や資料、自分自身の経験を照らし合わせると、見る夢にも影響が出ているんじゃないのかな、と、まあ、そんなことを思っただけの話です、はい。


私が発達障害と診断されて直近に購入した書籍のひとつ。
この本を読んで、私がいかに普通じゃないのかを自覚させられたって感じです。









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