大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

カテゴリ : 雑記

ドウモ( ・∀・)っ旦
発達障害関係の資料を読み進めるごとに、「ああ、やっぱり私は健常者ではないんだな」とかいう感じで絶望感に襲われてしまっております。
発達障害は、脳の先天性の障害なので、病気のように「回復する」という概念がなく、むしろ障害がある状態が、自分にとっては正常なものだから、その正常な状態が「改善する」なんてことは医学的にはあり得ない。
そこで、精神学的なアプローチ、つまり考え方を変える(実際には、脳の中の前頭葉の状態を変更してやる、ということになるかな?)ことで少しはマシになるよう仕向けているんだけれど、それでも、健常者と同じ状態になることはあり得ないってわけ。
なので、いわゆる人並みの生活を送る事は、もともとできないんだなあ、なんて思っていたりもします。
それでも、何も出来ないわけじゃないんだけどね。

悦子が見る夢は…
ところで。
私の婚約者である悦子とは、遠距離恋愛中ではあるものの、インターネットなどの通信網が整備されているおかげで、毎日頻繁に連絡を取ることができている。
もっとも、私からは積極的には連絡をしていないところが、このあたりが自閉症スペクトラム障害の特性なのかな、などと思ってしまうんだけれど…。
そんな他愛のない話の中で、悦子は、時折、見た夢の内容を話すことがある。それも、私と仲違いしていたり、私が不倫していたり、私が悦子にとって嫌なことをやっていたりと、ともかく、私が、悦子が嫌がることをしている内容の夢が多いらしく、むしろいい内容の夢を見た、なんて話は、聴いた事がない。
もっとも、夢は夢だし、現実的なものではないんだけれどね。
まあ、中には、私との関係を続ける上で重要なのかも知れない不思議な夢を見た事もあったそうで、実際にその夢の内容に従って行動してみると、悦子が驚いたこがあったりする。このあたりの話も、機会があればいずれブログで紹介するとして。
その、夢の中で私が登場するだけでなく、すでに亡くなっている両親が登場したりと、ともかく、悦子にとって身近な人物が夢に出てくる、ということなのだそうだ。

私が見る夢は…?
一方、私は、夢を見る機会そのものがあまりない。気がついたら翌朝、目覚ましが鳴っている、という場合が多いね。
んでも、たま~に夢を見ることはある。
それも、実際には無いアニメや特撮ヒーローの番組を見ていたり、あるいはその主人公になっていたり。
また、車を運転している夢の場合は、その車の運転もかなりむちゃくちゃだったり。
まあ、夢は夢なのだから、その内容がいい加減であることは当然なんだけれど、そんな折。
とまあ、上記のツィート内容のような夢をふと見たりして、ここでふと思ったんだわ。
私の身内が夢に出てきたことって、ほとんどない。
むしろ、現実の生活の内容が夢に出てくることもほとんどないし、それに、悦子も夢に出てきたことは今まで一度もないんだわ。そのうち出てくるかもだけれど。

私の親の場合
ちなみに、私の母親の場合だと、母が幼い頃住んでいた家で、母の両親と、そして何故かその家があった時代には生まれてもいない、飼っていた2匹の犬のうちの1匹が登場して、「あんた死んだんじゃなかったの?」とか言ってた、とかいう話を、悦子と一緒にいた時にしていた。
うちの親は、そうして家族や親族の夢を見ることがあるようなんだが…
まあ、私も、一度だけ、その飼っていた犬達のうちもう1匹が出てきたことがあったと記憶しているんだけれど。
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↑こいつ。んでも、本当にうちの犬だったかどうかは、なんか自信がなかったりするんだけれどね。

自閉症の見る夢は…?
そんなこんなで、その天皇陛下が登場する夢を見たそのあと、ふと思ったんだわ。
もしかして、自閉症の特性を持つ者は、そうして家族や親族の夢を見ることは稀なんじゃないのかな、って。
自閉症、自閉症スペクトラム障害、アスペルガー症候群と、名称は色々あるんだけれど、そもそもその特性を持つ者は、興味を持つ対象が非常に限定されている。
私の場合は、特に人間に対して興味を持つことが出来ず、その結果、現在でも、人の顔と名前を覚えるのが非常に苦手。しかも、家族の誕生日すら覚えることができない。悦子の誕生日も、誕生日とは違う簡単な数字でのみ記憶していて、誕生日がいつかは、その数字から割り出さないといけないんだわ。つまり、何年何月何日、という覚え方をしていない、ってわけ。
そうした、他者に対する関心の無さってのが、夢の内容にも反映されているのではないか、と、ふと思ったんだわ。
もちろん、自閉症系統の特性も人それぞれ色々あるわけで、すべての自閉症の人がそうだ、なんてことは言ってはいないよ。それに、これは自分自身の経験を話しているだけだから。
その上で、様々な書籍や資料、自分自身の経験を照らし合わせると、見る夢にも影響が出ているんじゃないのかな、と、まあ、そんなことを思っただけの話です、はい。


私が発達障害と診断されて直近に購入した書籍のひとつ。
この本を読んで、私がいかに普通じゃないのかを自覚させられたって感じです。









ドウモ( ・∀・)っ旦
ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を受けたりする私。
相談を受ける時には、相手の立場に立った上で、その問題の原因や考え方、また違った視点からの状況の指摘を行うなどといった考え方の元で、ある一定のアドバイスは行ってたりします。
もちろん、解らないことは解らないと言うし、無責任な事も言わないようにしている。何しろ、場合によっては、相手の人生を狂わせてしまう可能性もあるから。
また、相談を受けた時には、過去の様々な事例を照らし合わせて問題の共通項を探っていたりして、頭の中がフル稼働してる状態になってたりもしてたりします。

不妊治療中の女性からの悩み
そうやって相談を受けている中で、印象に残っている相談もいろいろあるんだけれど、その中でも、不妊に悩んでいるという方が、それぞれ違う時期にお二人、私に不妊治療をしていると伝えてきたことがあったんだ。
そのお二人は、それぞれ「相談しにきた」のではなく、どちらかというと愚痴吐き程度だったと思う。
だけど、不妊に悩んでいる方も少なくはないし、そうした悩みってのも今までいろいろと聞いてきてはいるんだ。
なので、そうした情報を元に、考え方だけを伝えるようにはした。
もちろん、私に相談したところで、不妊治療が成功するはずもないし、不妊に関する様々な情報を伝えたとしても、そもそも専門医の元で治療(という表現でいいのだろうか)を行っているわけだから必要性も感じないからね。
ってことで、私がなにを伝えたかってのを、ちと書いてみます。

決して自分を責めないこと

その女性にそれぞれ一番強く伝えたのは、「なにがあっても決して自分を責めないこと」ということなんだ。
過去、女性は、子供が作れない事をさんざん責められてきた歴史がある、ってのはご存じの通り。跡取り問題とか、いろいろあるんだよね。その不妊の原因が男性側にあったとしても、それでも女性のせいにされてきたいきさつがある。
それに、女性だって、子供を望んでいるのに授からないというプレッシャーにさらされてきた。家族や親族などだけでなく、妊娠しない女性自ら、自分自身にそうして抑圧を与えていた、ってこともあるんだわ。
もちろん、妊娠したあとも、死産や流産などというのもあり得るし、さらに出産しても五体満足な子供が産まれてくるとは限らない(パーフェクトビーシンドロームってのがあるんで検索してみてちょ)。
でも、そうしたトラブル(?)ってのは、女性自ら望んでそうなったわけじゃないでしょ
そもそも、愛する人との子供を宿したい、元気な子供を産んで育てたい、って願望があるのに、それでも妊娠できない、でも、それって、女性がわざと妊娠しないようにし向けているわけじゃないでしょ。
ところが、そうして悩む女性は、そうなってしまったのは自分が悪いって思いこんでしまう傾向があるみたいなんだわ。
もちろん、過去の何らかの積み重ねによって妊娠しにくい状態になったとかいう経歴がある場合もあり得るだろうけれど、そのあたりはこの話には関係ない。
それより、「妊娠・出産を望んでいるけれど、それでもできない」ことについて、それを自分が悪いからだ、とかいうふうに考えるのは、それは筋が違うと思うんだ。

そんな時の、私の伝え方
ってことで、私が、そうした不妊についての相談や愚痴を聞いたときは、次のように話すようにしてある。

まず最初に、悪い事から話をするよ。
あなたが不妊で悩んだり苦しんだりしているのは、あなたが望んでそうなったわけじゃないでしょ。でも、そうした不妊に関するプレッシャーってのは、特に女性が受けやすいし、たとえ男性側に原因があっても、不妊治療は女性の側に多く負担がかかってしまう。
でも、そうした妊娠するしないってのは、それは運としか言いようがないんだ。
たとえ妊娠したとしても、死産や流産の可能性だってあるし、生まれてきても何らかの障害を持っている場合だってある。でもそれだって、あなたが望んでそうしたわけじゃない。
だからこそ、どんなことがあっても、決して自分を責めないようにしてほしい。そうなってしまっているのは、仕方がないことなんだ。
ただ、あなたが、見ず知らずの私に、そうして話をしたのは、それだけあなたが必死になって取り組んでいるってこと、それはなぜかというと、それだけ旦那さんのことを愛しているってことだよね。
なので、旦那さんとも、しっかりと話し合って欲しい。二人で決めてやってきたことについては、後悔するようなことは何一つないはずだよ。この話し合いの中には、もちろん、不妊治療を打ち切るって事も含まれる。
繰り返しになるけれど、ともかく、自分を責めないこと。それは、あなたのせいじゃないんだから。
その上で、うまくいくといいね。
結果どうなったかとかは、私に伝える必要はないよ。それよりも夫婦としての生活を優先してね。

と、こんな感じだよ。

後日談・嬉しい知らせが
ってことで、後日談。
そうやって相談して回答した内容については、その後どうなったかについては、私は気にしないようにしているし、聞き出さないようにしている。
気にならないのか、と言われると、確かに気にはなるけれど、それは好奇心の範疇になるし、そもそも見ず知らずの、どこの誰だか解らない方から受けた相談でもあるから、こちらから問い合わせを行うこともできない。そもそも、私が後にどうなったかなどを知るのは、それは単に好奇心を満たす以外の何者でもないし、その人の人生に介入することになってもしまうから、(相談を受けた相手すべてにおいてもそうだけど)その後どうなったかなんてのは、あまり気にしていないんだわ。
そんな中、まず最初に相談を受けた方は、後にうまく妊娠し、順調に育っていることを生放送中で伝えてくれて、でも「私に伝えてくれるのは嬉しいけれど、私に伝えることそのものはどうでもいいから、身体を大切にしてね」って伝えた。
後に、出産3ヶ月くらいして、無事に生まれ、順調に育っていることを教えてくれた。
そして二人目の方なんだけれど、その方も、妊娠したことを教えてくれたものだから、同じように、今後どうなるか解らないのだし、報告してこなくてもいいこと、身体に気を配るよう伝えていたんだ。
それからしばらくして、またとある日の夜、生放送でコメントしてくれたんだけれど、そのとき、「あれ?そういや、そろそろ予定日なんじゃ?」なんて思ってたら、「今日出産しました」というコメントが!
いやもうびっくりしましたよほんと、ってか、私が生放送しているからってわざわざそう伝えてきてくれたことにもびっくり。

妊娠した、無事出産したってのは、それは実際のところ、ただの結果論に過ぎないし、私は単に受け答えをしただけなんだけれど、それでも、すごく嬉しかった。

私の子供が欲しいか?
さて、私はというと。
若い頃は、「子供の父親になってみたい、子供を育ててみたい」という理想はあった。
でも、後に考え方も変わっていき、悦子と出会った頃には、そうした意識は完全に無くなっていた。
悦子と出会った当初、悦子自身は、「しーちゃんの子供、産んであげられるよ」とか言って、実際悦子がそうし向けようとしたこともありはしたんだけれど、んでも今は、私も悦子も、二人の子供が欲しいという意識は無くなってる。
このあたりは、経済的な事情とは関係なく、純粋に私たちの年齢を考えてのことだし、そもそも悦子はすでに一人子供を育て終えているのだから、それで充分なんじゃないか、と思ってる。悦子の子供を養子に迎え入れる考え方はないよ。
私が母から継いだ中野の家計は、元禄時代から続く古いものではある。資産といっても、お墓と先祖の遺骨だけだし、血筋を残す云々という考え方もこれっぽっちもない。
悦子とは、一緒に暮らしたいという意識しか持っていないんだわ。
ただ、不妊や妊娠、子育てに関する考え方そのものは、以前からいろいろと学んでいたもんだから、その知識がほかの人に役だったのなら、それで私は充分かな。



ちと強烈なタイトルの本ではあるんだけれど、踏ん切りをつけたいときの為の役に立つかな、と思って。
うまくいくのが一番いんだけれどね、んでも、人間の体って、そう都合良くできてはいないもんだから。
それに、子供を産み育てることだけが幸せってわけじゃないからね。他人の幸せを素直に喜べるくらいの余裕は常に持っていて欲しいと思う。


ドウモ( ・∀・)っ旦
先週より、ひどく体調を崩してしまいまして、昨晩よりようやくある程度動けるようになってきました。
まだ体力は戻っていないから、身体をしっかりと動かすことは出来ないんだけれど、んでも思考力に関してはだいぶん良くなってる。
このあたりの事情については、いずれまたブログで書いてみるとして(そもそも、このところブログ全然書いてないもんね)。
今回は、その、体調を崩している時に考えていたことをちらっと整理してみよう、と、まあ、こういうわけ。

そもそも詩が好きな理由って?
さて。
私は、徳島現代詩協会の会員として、今でも一応活動はしているわけだけれど…とはいえ、詩そのものがこのところ全然書けていないわけなんだけどさ。
その、私が詩が好きな一番の理由の中には、ひとつの作品がともかく短いこと、ってのも含まれているんだわ。
一般的な詩でも、だいたい原稿用紙1枚程度のものが大半。でも、そこに書かれている言葉から想像できる世界が大好き!
しかも、ひとくちに詩といっても、様々な表現法がある。中には、一冊の詩集の中に書かれているその詩のすべてが全く違う表現法を用いられている、なんてものもあったりする。
また、アンソロジーの中には、1冊の詩集の中に、数多くの詩人や詩作家がそれぞれ違う作品を掲載していて、そのいずれもが趣のあるものばかりだったり。
しかも、そうした作品は、いずれも、読むのに数分もかからない程度。たった数分で、ひとつの世界を堪能できるなんてのは、文芸の分野においても、あまり類を見ないんだよ。
また、短歌や俳句のような、いわゆる言葉遊びの要素もあまり含まれていないのも魅力ではあるんだけれど、この表現については、短歌や俳句の愛好家に誤解を与えそうだなあ。

サイト「小説家になろう」を見始めました
さてさて。
そんな私だけれど、最近になって、「小説家になろう」というサイトを通じて、小説を読むようになってる。
そもそものきっかけは、ここ数年アニメ化されている小説が、もともとは「小説家になろう」という投稿サイトを発表の場にしていたってのを知っていたからなんだけれど、それまで私はそのサイトを見ること自体なかったんだ。
それが、気まぐれで、アニメ「異世界食堂」の元となっている小説「異世界食堂」を、このサイトを通じて読んでみたんだが…まだ全部読んではいないんだけれど、これがともかく面白い!
出版されている内容、そしてアニメ化されている内容と、微妙に設定は違うんだけれど、それぞれが独立したひとつの短編として読み進めることができ、飽きがこないんだわ。
なので、数十話を一気に読んでしまったり(´・ω・`)
んでも、こうして、娯楽作品ではあるけれど久しぶりに小説を読むことができたってのは、私にとっては嬉しかったりする。

サイト「小説家になろう」を読んで正直思ったこと
その他、連載されている小説を色々と見ていったんだけれど、ひとつ思ったことがあるんだわ。
私は、今まで、小説といえば、本を購入して、一気に読み進める、という方法を取っていて、それが当たり前だと考えていたんだわ。
ところが。
「小説家になろう」に投稿されている小説の中には、1話あたり原稿用紙数枚程度のものがあって、それを短い期間で連投している、という方式で執筆しているものもある。
つまり、投稿する原稿の量を短くし、代わりに投稿サイクルを同じく短くするという投稿方式を採用している人がおり、むしろそうした投稿方式の小説も、他の投稿方式の小説と同じように人気があるってことなんだ。
一方、投稿されている小説そのものについては、文章表現について違和感を覚えるものも少なくはないんだ。心理描写や風景描写がほとんどなく、ただ単に物事だけが進んでいくだけって感じで。
それが悪い、といってるわけじゃない。むしろ読みやすさとしてはそういう方法もありだし、そもそも私の記憶特性として、そうした物事の流れでのみ記憶力が発揮される、なんてのもあるもんだから、「読み飛ばす」という読書法を行うにはちょうどいいかな、と思っていたりもするんだわ。
そして、もうひとつ思ったこと。
それは、そうした、他の方々の執筆方法そのものを参考にすれば、私でも何かできるのかも知れない、ってことなんだわ。

一気に執筆するのでなく、できたときにアップして…
実のところ、以前も、小説を書こうとして挫折したことがある。
その最大の原因ってのは、続かないことであることは間違いないんだけれど、なぜ続かないかというと、「区切る」ことが苦手なんだわ。
なので、出来事ごとに短く「区切る」ことを心がけて執筆してみたら、なんとかなるんじゃないかなあ、なんて思っていたりもするわけ。
そもそも、どんな小説を書いてみたいかってのは、大昔から頭の中にあったし、そのアイデアについては、現在でも私が知る限りでは似たような設定みたいなのは確認できてない(まあ私が知らないだけなんだろけど)。
そんな感じで、まずその考えている小説の世界観じみたことを、それぞれショートストーリーとして書き上げてみればいいかな、なんて考えているわけ。
もっとも、そんなことやる暇があるなら、詩のひとつくらい書けよと言われそうだけど…。
それに、執筆しようとすると、あれも書きたいこれも書きたいとかいう感じで色々と詰め込みすぎてしまって挫折した、なんてのもあったから、必要以上の要素を排除する短編小説をいくつも書いて、それで腕を磨いていくのがいいと思うんだよね。
もっとも、実際に投稿したとして、どれだけ受け入れてもらえるかはわかんないけど。
それに、小説を投稿するのはいいとしよう。動画の投稿や、このブログの執筆も停滞しているのに、小説にまで手を出すのあんた?って言われかねないよなあ…。

ってことで…
まあ、こういう風に考えてみた、ということを、こうしてブログとしてまとめてみた、ただの、何の意味もない雑記として記事を書いたわけだけれど、んでも、今まで何度も挫折したことに再び挑戦してみるのも、別に悪い事じゃないとは思ってる。
だけど、それを実際に行うのは、まだ先だろうね。だって、やらなきゃいかんこと一杯抱えてるから。それらをまず片付けておいて、それからって感じだね。
ま、肩肘張らずに、焦らず急がず、できるときに少しずつやっていきましょ。





ドウモ( ・∀・)っ旦
私と万年筆との付き合いは案外長く、私が記憶を失った23歳以前から。おそらく20歳ごろからなんじゃないかなあ。
偶然にも、記憶を失う前からお付き合いさせていただいてた小村さんのサポートもあり、筆記具を通して物の価値ってのが解るようになったって感じ。
もっとも、その小村さんが他界して以降、万年筆は、プレピーを2本購入したこと以外は一切買ってない。今使用しているデュオフォールドに強い思い入れもあるし、それに実用的な筆記具は一通り手に入れているもんだから、それ以上必要ないよね、って思ってる。
正直言えばコレクションしたいって気もありはするんだけれど、んでも私の場合は、見た目もそうだけれど、重量感や書き心地などを最優先しているから、結果的に、今保有している万年筆で充分満足してる。
ボールペンは、また別だけどね。昨年も1本、実用的なものを買い足したし、先日新たに1本、ずいぶん前に購入していたのを気分転換兼ねて下ろしてみた。
んで、その万年筆を使用する為に必要なのは、もちろんインク。特にボトルインクについては、所有する万年筆以上に保有してたりするんだが(といっても、20個くらい?正確に数えてない)、んでも保存状態が悪いと、ドライアップ、つまりインクが乾燥して干上がってしまい、使えなくなってしまうんだわ。

ドライアップしたPARKER・PENMAN

で、まあ、先日、気分転換兼ねて、ボトルインクの状態を確認していたんだけれど、私が万年筆を購入するようになった頃に手に入れたボトルインクが出てきた。
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それが、この2本。PARKER・PENMANのサファイアブルーとルビーレッドの2本。
画像じゃ解りにくいんだけれど、写真右側、ルビーレッドは、特にドライアップすることなく問題なしって感じだった。んでもある程度水分が蒸発して、少し色が濃くなっているかもしれない。
問題なのは、画像右側のサファイアブルーで、こちらは完全に干上がってしまっており、使いものにならない状態。
そりゃまあ、使わなくなって15年は放置していたわけだし、干上がってしまっても仕方がないよね、んじゃあもう使えないか、と思っていたんだが…

小村さんから教わった秘技!
そのときになって、小村さんから教えてもらっていたことを思い出した。
いわゆる文豪と呼ばれている人達は、万年筆を使うのはいいけれど、そのインクを購入するための資金を得るのも難しいくらい貧しかったそうだ。
そんな人達が、インクをどのように使っていたかというと…なんと、水で薄めてかさ増ししていたとか!
その話を聞いた後、小村さんを経由したまた別の方から、水増しする程度なら浄水とかじゃなく普通に水道水でOK、とかいう話も思い出したもんだから…

水を入れたら、あっさり復活?!
実際に、水を入れてみたら、ほんとうにあっさりと復活しやがった(゚∀゚)
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ついでだから、当時実際にそのインクを使用していたLAMY・サファリ万年筆を引っ張り出してきてインクをコンバータで吸わせて、書いてみた結果がこちら。
水を入れた量がやや多かったせいもあり、思い出補正もあるがやや薄くなっているとは思う。んでも発色は抜群にいいかな、って感じだね。
某所からは、「魔物を復活させるな」とかいうコメントを頂いたりもしていたけど。
その、干上がってインクの成分が固着していたわけだし、ただ水を入れるだけじゃ復活しないんじゃないかと思ってたんだけれど、水を入れただけで、たいして工夫することもなく、そのインクの成分が沈殿しているとかそんなことは一切なく、あっさりと、ほぼ当時の鮮明な色が復活したもんで、ちと拍子抜けだったりする。

このインクの余談
さてさて。ちとこのインクにまつわる話を少しばかり。
PARKER社のインクはそのブランドとしてQuinkってのを昔から使用しているんだけれど、それが20年ほど前まで、インクの高級ブランドとしてPenmanってのを出していたんだ。
当時のQuinkのボトルインクが、記憶違いでなければ600円、それに対してPenmanのボトルインクが800円だったと思う。もう少し高かったっけか?
ボトルインクだけじゃなく、ボールペンインクも、QuinkとPenmanの2つが用意されていた。
それが、PARKER社そのものが売却され、合理化の流れでPenmanブランドが消滅。一時、ブラックインクだけ復活したことはあるんだけれど、現在では販売されていない。
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この空っぽのボトルインクは、復刻したPenmanのボトルインク。当時のボトルインクが底が円形だったのに対し、復刻したボトルインクは楕円形だった。
なので、現状、Penmanインクが、それも新品で、最高の状態で手に入ることはないと思うし、現状では確かにレアなインクとなっているんだけれど…
んでも、今は、特に国内メーカーが多種多様なインクを出しているし、むしろそっちのほうが発色がいいのかも知れない。顔料インクも出てきているからね。
ちなみに、同じブルー系のインクなら、手元にペリカンのブルーもあるんだけれど、こっちはなんか好みじゃないかなあ。


余と万年筆
夏目 漱石
2012-09-13


昨晩のこと。
うとうとしていたところ、突然悦子から電話がかかってきまして、「しーちゃん神社行くんじゃないの?何の連絡も来ないから心配した」とのこと。
時刻を見ると、日付がかわる15分ほど前。仮眠していたはずが、いつのまにか爆睡していたみたいで、そうして電話をしてくれた悦子に感謝しつつ、あわてて身支度を調え、今年も、一番最初の行事として、初神楽を受けることができました。
こうしてあわただしくはじまった今年ではありますが…
ともあれ。
昨年度は、いろんなことがありました。
特に、発達障害に関する新しい知識を得ることができたり、精神学系統の自身のことをさらに深く知ることができたことは、これは私の人生において、今後も重要な出来事でした。
他にも、婚約者との関係だけでなく、私生活においてもいろんなことがありました。
今年は、どんな一年になることやら。

今年最初の大仕事は、もちろんプランニング!
さて、そんな私の、一年最初の大仕事は、もちろん、考える事。
神社から帰宅し一旦眠りについてから、手帳を広げ、しっかりいろんなことを考えておりました。
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今年も、時間管理の中核となるのは、フランクリンプランナーのクラシック版。
今年もリフィルのデザインをブルームスにしたんだけれど、今年からブルームズのデザインが大きく変わってしまったことから、プランナーへの書き方も変更を余儀なくされてしまいました。
そのため、カットアウェイ・デイリーレコードなどを活用し、筆記量を改善させるだけでなく、1週間コンパスとはまた別に1週間タスクリストを用意し、併用することに。
そしてその今年の手帳に、一番最初に記載したアイデアは、「本年度行う計画の立案リストアップ」ということで、今年何をしていきたいかを、大雑把に書き出していきました。
また、1週間コンパスやタスクリストも記載し、この1週間の私の生産性を向上させていくためのプランを記載。
もっとも、書いていることは、ある一定の理想も含まれているわけだけれど、それでも、少しでもできれば、それはそれでよし、って感じです。

手帳だけではなくオーガナイザーも使用してます
ところで、この手帳。とんでもなく大きくて、そして重い!
フランクリンプランナーの使い方のひとつとして、常に手帳を持ち歩くことが挙げられるんだけれど、そもそもこれほどまで大きなものを持ち歩くことって、とんでもなく難しいことでして…
なので、昨年より、
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B6版オーガナイザーも使用しています。
オーガナイザーは、カバンの中に入れて持ち歩くことができるため、外出先でのタスクやタイムラインだけでなく、体調管理やトレーニングの内容、また、出来事も箇条書きに書くようにしています。
このオーガナイザーには、アイデアそのものは記載しないようにしており、それらは、同じく持ち歩いているノートに記し、後に手帳に反映するようにしています。

手帳とオーガナイザーの連携は?
ところで。
一般的には、このように、2種類の手帳を使い分ける必要性って、どこにもないと思うんですよね。
んでも、私の場合、前述のように手帳が持ち歩けないばかりでなく、手帳だけにデータをすべて書いていると、後にデータを見返すことがちと不便だったりしていました。
ですが昨年からオーガナイザーを使用し、それぞれの手帳の役割を決め、連携させることで事なきを得ています。
手帳は、基本的に自宅に置きっぱなしにしておき(もちろん必要に応じて持ち出すこともあります)、その日や今後のプランなどをすべてこの手帳で管理するようにしています。
そしてオーガナイザーは、外出先での行動管理と、そして私の体調管理の2つを請け負うようにしています。
特にオーガナイザーには、定期的に計測している血糖値のデータを記入するようにしていて、血糖値の変化をできるだけ細かく記録し、それを医師に確認してもらっています。一応糖尿病なんで。
また、アイデアや記録は、オーガナイザーとは別にノートを持ち歩いていると前述しておりますが、そこに書かれている情報についても、手帳及びオーガナイザーに、今後の計画として反映していっている、と、まあ、こんな感じになっているんですね。
フランクリンプランナーは、もともと、1冊の手帳以外に使わないよう、データはすべてプランナーに集約するようにと指導していました。
一方、フランクリンクエスト(旧フランクリン・コヴィー及ぶフランクリンプランナーの創設時の社名)時代でも、他者のプランナーの活用術として、2冊の手帳を併用している方もいらっしゃったりするので、私のように2冊の手帳(正確にはノートやタブレット、スマホでも情報管理をしています)を併用していることそのものは、特に珍しい事でもなかったりするんです。
もちろん、その分コストはかかりますけれど…。それでも、そのコスト分の価値以上に、今後も活用していく所存です、はい。



フランクリン自伝 (岩波文庫)
フランクリン
岩波書店
1957-01-07





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