大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

カテゴリ : 雑記

ドウモ( ・∀・)っ旦
8月に転倒した際に両手をつき、その痛みがなかなか取れないとして整形外科に相談したのが11月。
その整形外科でMR撮影を受け、首の神経に狭窄があることがわかり、その日からリハビリが開始。
翌日、その旨を主治医に相談すると、さらに脳のMR撮影を受けることに。つまり、日をおいて二度、MR撮影を行うことになった。
そしてその検査結果についてなんだけれど、昨年12月に同じくMR撮影を行っていて、その比較もしてもらいつつ説明を受けたんだけれど…
それが、小脳などの萎縮が年齢からしてかなり進行している、とのこと。
現時点では経過観察ということになっているけれど、将来的には何らかの治療が必要になる可能性を指摘されていたりする。

小脳、中脳、橋に異常?
指摘されているのは、小脳、中脳、そして橋(きょう)と呼ばれている部分。
いずれも、運動神経などを司る部分とされているみたい。
ん~、私、発達障害の学習をする上で、大脳、つまり思考を司る部分についてはある程度注目しているし、また小脳の成長過程と発達障害に、ある一定の関連がある、というくらいは知っていた。
んでも、中脳や橋という言葉を聞いたのが今回が初めて。なので、なんですかそれは状態だったりする。
個人的に気になっているのは、今回指摘されている小脳の萎縮が年齢と比較して進行していることそのものが発達障害と何らかの関係があるのか、という点なんだけれど、ただ、その関連性があろうとなかろうと、事実そのような状態になっているので、対策は取らなきゃいけないんだけどね。

で、私が思うこと。
まあ、その小脳の萎縮がどうこうってのは、実際そうなっているんだから仕方がない。
また、主治医は、大脳については異常は一切ないと言ってる。なので、「少なくとも思考力に影響がないなら何とかなるかなあ」って感じに、気軽に考えてはいるんだわ。
その上で思うことがもうひとつ。私自身、少しずつ確実に、死に向かっているんだなあ、ってこと。
日常生活においては、私は特に自分の年齢について自覚することもないし、それこそ、記憶を失った当時と変わっていないと思っている。
たまに振り返ると、以前より知識も経験も豊富になっていることが解るため、それだけ私も成長しているんだよなと思うくらいで、現時点で私が45歳だということを全く自覚していないんだよね。
もし若い頃に結婚して、子供がいたりしてたら、そうした自覚もあるのだろうけれど。
んでも、こうした明確なデータが出てくると、私も歳を取っているんだなあと、他人事みたく思うわけです。

 ↑
主治医から言われたのが、運動することで脳の萎縮の進行速度を軽減させられるよ、ってことなんだが、私、そもそも運動苦手なんだよなあ。
今、移動手段としてスクーターを多様しているんだけれど、今後は徒歩に切り替えようと考えている。
なぜそういう風に考えるようになったかについては、またいずれブログで書いてみるつもりです、はい。



且⊂(゚∀゚*)ウマー
ってことで、久しぶりに、いろいろとブログを更新してみよう、ということで記載しているんだけれど、このブログ、実はAndroid端末で執筆していたりします。
このブログはLivedoorBlogにて、独自ドメインを取得した上で運用しているんだけれど、Android端末で記事を編集するには、ちときつい仕様でして。
と、いうのも、ブラウザを用いて編集しようとしたところ、スマホ版の編集画面では文字に色をつけたりといった細かな編集ができず、また、PC版画面で記事を執筆しようとすると、文字がうまく入力できない。
なので、いったんテキストエディタで記事を執筆し、それをPC版ブログエディタにコピペして色づけを行う、という方法を採らざるを得ないんだわ。
じゃあ、なんでこういう面倒くさい方法を採用しているかというと…

メインPC、クラッシュしました(´・ω・`)
とまあ、上記のような理由でして。
メインPCが、BIOSすら立ち上がらなくなってしまい、どうすることもできなくなっているんですね。
この症状は、実際には今年の夏あたりに発生していたんだけれど、対処のしようがないんですわ。
つい先日、そうして放置していたメインPCを改めてチェックしてみたところ、結局、マザーボードがクラッシュしているという判断をせざるを得ない状況でして。
なぜそうした判断を下したかについては割愛するけれど、ともあれ、運用してから5年くらいかな? 活躍していたメインPCが、お亡くなりになったことそのものについては間違いない。
やられちゃったのがマザーボード。もしシステムを復旧したいと考えるなら、同等のマザーボードを新調すればいいだけの話なんだけれど、CPUがSocketFM1という、いわゆるAPUが登場した最初期のもの。中古でも出回っていないものだし、そもそもCPUを取り外すための工具がないため、マザーボードだけを交換するという手段が取れないんだわ。
となると、結局、「マザーボード」「CPU」「メモリ」の3つを交換しなきゃならない、ってことになるんだけれど、…貧乏な私にそれらを捻出するだけの予算を捻出する余裕がないもんだから、少なくとも年内のメインPCの復旧は見送りとなった。

ノートPCもクラッシュ?!
その上で。
実はデータ取り専用に24時間フル稼働させていた、性能のかなり低いノートPCがあるんだけれど、こちらも調子が悪くなってた。
その原因は何かといろいろと探っているうちに、最終的に起動すらしなくなってしまった。
こちらは、その起動しなくなった原因がハードディスクがクラッシュしていることだということはすでに解っている。
そもそも、理論的に分けていたDドライブが認識しなくなっているのを確認したものだから。
ただ、問題なのは、なぜ、チェックディスクを走らせていて問題ないと判定されていたHDDがいきなりクラッシュしてしまったか、ということ。
と、いうのも、10月あたりに、レジストリがクラッシュして、OSを再インストールした経緯があるんだけれど、そもそもレジストリがクラッシュすること事態通常であればあり得ない。
つまり、ノートPCで運用していたシステムに、理論的な何かが作用してクラッシュし、その上で物理的にHDDがクラッシュしたんじゃないかな、と考えているんだわ。
このノートPCだけれど、前述のように性能が低すぎて一般的な作業には向いていない。データ収集と、ある一定のブラウジングくらいなんだ。
一応、予備のSSDがあるので、それに交換してOSを再インストールして運用することも考えているわけ、なんだけれど…
その、予備のSSD、どこに置いたのか解らなくなっちまった(´・ω・`)
まあ、最悪、メインPCのSSDを入れてしまうこともできはするけれど、そちらは最終手段、という感じかなあ。それに、メインPCに使用していたSSDだから、OSのシリアルも入っているし、それをデリートするわけにもいかんからね。

動画の編集、どうすんの?
で。
現在、問題としているのは、動画の撮影及び投稿をどうするか、ってこと。
これまで、メインPCで動画の編集及び投稿を行っていたんだけれど、そのメインPCが使用できないため、スマホで行わなければならない。
実際、撮影はスマホ、編集はメインPCという感じで行っていたため、撮影環境そのものが無いわけじゃないんだ。
ただ、動画の編集は、けっこう細かな手順が必要であるため、そうした細かな編集が行えないとした上で、今後どのように動画を「撮影」「編集」「投稿」していけばいいのか、その手段を模索しているところなんだ。
理想としては、1台の端末、つまりこの場合はスマホだけれど、その1台ですべての作業を行うことができれば申し分ない。
ただ、その編集ソフトが、スマホでは、これまでのような編集ができず、たとえできたとしてもその操作環境がかなり面倒になっている。
まあ、要するに、これまでと同じような編集はできない、ってわけ。
そこで考えているのがYouTubeの生放送。
YouTubeで、投稿したい内容の動画を、そのまんま生放送という形で放送し、それを動画として残しておけばいい、と考えているわけ。
もちろん、基本生放送だから、少なくとも「編集」はできなくなるわけだけれど、「撮影」と「投稿」を同時に行うことはできる。一発勝負だから、トラブルなどに対応するのがきわめて難しくなるけれど、そういう方法で投稿を続けていくのもありかな、なんて考えているわけ。
まだ、そうしたプランニングを行っている段階で、具体的には今月中に試験的にYouTubeで生放送をしてみるつもりだけれど、それでうまくいくかどうか。
勢いだけで生放送して、それをそのまま動画として残しておくようにする、という方法は、総合的に考えると時間や労力の節約にはなる。
ただ、この場合、これまでニコニコ動画に投稿していたけれど、投稿先がyoutubeだけに絞られてしまう。
でも、それはそれでしょうがないかな、とも思っていたりする。
そもそも、ここ数年、動画の投稿そのものをさぼっていたからね。

実際に、こうした考えがうまくいくかどうかも解っていないし、やってみないことには始まらない。
その上で、どこまでできるか挑戦してみてもいいかな、なんて思っていたりします、はい。

このブログ、独自ドメインを取得した上で運用しているくせに、このところ更新していないでやんの(´・ω・`)
もったいないことこの上ないんで、ちょっとした雑記がてら、ブログを書いてみることにします。
まあ、近況がてら、って感じで。

発達障害と診断されて以降、いろんな出来事があった。
発達障害という診断を受けたのはいいけれど、そもそもその当時は発達障害という障害そのものを知らず、精神障害の一種なんだしすぐに治ると思っていた。だけどそれがそうじゃないことが少しずつ解ってきて、また、いろんな福祉関係の方々に協力を求めたりしていかに状況を改善するか必死になってた。
この時期、いい歳をしていたにもかかわらず、ともかく泣いていたことが多かった。
また、言いがかりによる訴訟を起こされ、それに対応するために弁護士に協力をいただき、かつ、その訴訟相手が私の関係者に行った数多くの行為を私が知ることになり、その訴訟のために多大な時間と費用、そして人脈を費やした。
そんな中、婚約者とも別れることにもなった。
そうした一連の事態が、どうにか落ち着いたのが、今年の10月。ここまで、3年の歳月を費やしている。
この、たった3年で失ってしまったものは非常に大きかったけれど、それがあるからこそ今の自分がいる、という風に考えることができるようにようやくなってきた、わけだが。
そんな中、11月半ばから、立ちくらみやめまいがひどくなり、それも毎日発生しているものだからいろいろと調べてもらったところ、小脳及び中脳の萎縮が通常よりもかなり進んでいることが解った。
大脳については異常はないものの、運動神経を司る脳に異常があるとのことで、とりあえず経過観察になってはいる。
その状況を、MR画像を用いて説明を受けたときの感想は、ふたつ。
ひとつは、大脳、つまり思考を司る脳については問題がないため、少なくとも考えることそのものについては問題はないということ。
そして、もうひとつは、人間は間違いなく少しずつ死に向かって進んでいっているんだよなあ、ってことだった。

そもそも、私は、23歳のときに、思い出に当たる記憶のほぼすべてを失っている。現在では、当たり障りのない範囲でわずかに思い出すこともあるんだけれど、そのせいか、私自身、実年齢が45歳であるという実感が現在でも持てない。
もし、若い頃に結婚をし、子供も出来ていたならば、そうした子供の成長とともに自身の年齢についても実感が持てていたのかも知れない。だけれど、私の場合、その記憶を失った23歳のまま止まっているような気がする。
とはいえ、その当時の私と現在の私とを比較し、特に思考については、これだけ自分が成長している、ということを実感することはあるんだけれど、でも、結局のところ、私は私、という意味ではなにも変わっていないようにも思う。

発達障害と診断されたのが42歳。
その2年前の40歳のとき、私は、自分が幸せになることをあきらめた。
そのかわり、もし私の力で誰かが幸せになるきっかけを作ることができたのならば、それでいいと考えるようになった。
発達障害の診断を下した医師は、あなたが人並みの幸せを掴むことはあり得ない、あなたの人生は茨の道であると言った。
自身の障害に関する事柄を学習し、翌年、福祉担当者から、ここまで理解が早い人はいないとの評価を受けた。
だからこそ、私が幸せになることはない、というその医師の言葉も解るし、事実、私自身そうだとも思う。
でも、なにもできないわけじゃない。

とまあ、こんな感じの話を以前もこのブログかどっかで書いた気もするけれど、結局のところ、どうにかしていくしかないよね、って感じで考えていたりする。


ま、雑記がてら、こんなことをちらっと書いてみたりする。
ちょっとした気分転換だけどね。

且⊂(゚∀゚*)ウマー
先月、作業に使用していたメインPCのBIOSが立ち上がらなくなってしまい、これまでメインPCで行ってきたすべての作業ができなくなってしまいました。
データ収集用のノートPCでは性能が低く作業にならず、また2台あるAndroidタブレットPCはそれぞれ癖があったりして、色々難儀しているんです。
とはいえ、3年ほど前から、ブログの更新も、動画の制作もおもいっきり滞っているんですけどね。
ってなわけで、今回は、そのAndroidタブレットPCから、スマホ版ブログ編集画面にて、雑記がてら色々と書いてみます。

発達障害に関して…
デイケアに通いながら、自身の発達障害に対応するための知識については、ある一定量学習できていると思えるまでになっています。
発達障害者支援センターからは、私が行っていることが高度すぎて支援のしようがないとか。
そもそも、私には知的障害がないばかりか、知能指数は平均以上あるとのことで、その知能の高さがかえって支援しづらい(基本的に自分で物事を考え対処してしまうため支援を行う隙があまりない)とのこと。
その上で、発達障害と診断される前から愛読している時間管理の書籍を中核に、「マインドフルネス」「コーピング」「WRAP」「認知行動療法」などを取り入れ、かつ、発達障害以外の書籍から自身を理解するためのヒントを数多く得たりと、発達障害に伴う学習については、かなりできているのではないかな。
ただし、あくまでも自分で活用できる範囲で学習しているものだから、それを他の方に伝える場合、それなりの専門的な学習が必要でもあるし、もっとも、私はそこまでやる必要がないかな、って感じです。
ここで非常に痛感しているのは、発達障害者は、発達障害以外の知識が非常に重要だということ。確かに発達障害の専門書籍は多々ありますけれど、しかしながらその書籍だけで発達障害には間違いなく対応できないと思っています。
それに、発達障害の専門書を色々と読みましたけれど、一番重要なポイントについては、どの書籍も語られていないのではないか、という印象です。
つまり、そもそも「障害者」とは何か、ということ。
この、「障害者」という言葉の意味を理解できない限り、発達障害者は自身の障害について充分に理解できないのではないかと思うんですね。
まあ、このあたりは、いずれブログなり動画なりで話をしてみようか、とは考えていますけれど。
それにしても、自身の、発達障害の特性を調べれば調べるほど、一般的な思考回路ではないというのを痛感しております。特に対人関係に関する事柄についてはそうですね。
また、様々なテスト結果から、発達障害者の中でもかなり変わった特性を持っていることも解りましたし、さらに、医師からは「静葉の人生は茨の道」だと診断当初に指摘されていることをかなり痛感していたりもします。
んでも、発達障害だからという泣き言は私は一切言ってないと思う。むしろこれまでの私の人生の理由付けができたし、その診断がなければここまで学習しなかったはず。
一方、発達障害者である私の特性を説明しても、それが「言い訳」に聞こえるようでして、「データ」で解釈する私と、「感情論」で話をしようとする方々との溝は埋まらないような感じです。…私、若い頃に、「感情論で物事を判断すると必ず間違った結果を生む」って習いましたし、それが私の価値観にも繋がっているけれど、どうも一般的な考え方ではないっぽいんだよなあ。

まあ、そんな感じで、発達障害と診断されて以降、自分自身についてはかなり理解できはしましたけれど、でも、人付き合いに関しては、いまだによく解らない。
他の方々の発言や行動を見て、「なぜそのような短絡的な考え方ができるのだろう、バカじゃね~の?!」と思えてならない事も多々。
最近、「正義がゆがめられている」という書籍を入手し、少しずつ読み進めていますけれど、その書籍に、まさしくそのような方々のことが書かれていたりして、なんだかなあ、という感じです。

ま、雑多な内容になりましたが、とりあえず元気にやってはいるというご報告まで。
せっかく独自ドメインも取得していることだし、ブログもどんどん更新していかなきゃいけないですね、はい。

且⊂(゚∀゚*)ウマー
本日は2019年4月1日。「エイプリルフール」という文化が、日本の、特にインターネット上でいろいろと根付き、もちろん冗談とわかるような形でいろいろと楽しませてくれております。
とはいえ、エイプリルフールの為に準備をすることはリソース(労力)の無駄だとして、Microsoftは、公式にではないものの中止するよう社員に求めた、なんて話もありあすけれど、まあともかく、冗談だと解る範囲で、いろいろと楽しませてもらえるものです。
日本のGoogleは、毎年、新しい入力デバイス、それも、キーボードの代わりになるようなものを発表していますが、今回は「スプーン曲げ」だそうでして
もちろん、冗談として発表している入力デバイスとはいえ、毎年、入力に苦労しそうな、あるいは、入力に手間がかかりそうなものばかりを考えていますが。何やってんだか。

元号の話題ばかりが目立ってますけど。
平成の次の元号について、いろいろと話題になっていますけれど。
なんというか、発表されてすぐWikipediaに記事が立項されているもんだから、呆れるやらなんというか。
そもそも元号は、天皇が退任し、次の天皇に代替わりする際に変更になるものなんだけれど、これまでの元号の歴史を見てみると、退役するという理由だけじゃなく、日本に災害があったりした時の厄払いみたいな感じで変えたこともあったみたい。その際、天皇も名称を変えるだけ、なんてのもあったそうだ。
また、退位したあとで、いろんな事情があって復帰した天皇もいるんだってさ。
とはいえ、日本の近代史においては、天皇が代替わりにする歳に変更されるものだ、という認識になっているね。
でも、その次の元号について、大きな話題になることはあっても、現在の天皇の役職や年齢については、あまり話題になっていないんじゃないかな、って印象がある。

天皇という「役職」
そもそも、天皇という「役職」は、日本国の憲法及び法律で定義されていて、変な話、私たち日本国籍を有している者が権利として与えられている様々なものが無い立場でもあります。職業選択の自由とか、参政権とかね。
そして、その法律により、天皇陛下は、その職務をご自身の意志で降りることができない。要するに、退職する自由もなければ、そもそも「定年」という概念もないんですね。
そのため、現在の平成天皇の前代、つまり昭和天皇は、崩御されるまでその天皇としての職務を遂行し続けなければならなかった。
天皇の仕事のひとつとして、国会で成立した法律の承認(という言葉が正しいのかどうかは調査不足ですので間違っている可能性が高い)というのがある。国会で可決成立した法律に対し、署名、捺印するという仕事があるわけ。
そして、この署名、捺印がなければ、法律は正式に成立も改訂もされない、なんてことにもなり得るそうでして。
なので、天皇陛下が病気などでその職務ができなくなってしまうと、国の運営が成り立たなくなってしまう可能性があるってわけ。
想像してみてほしい。天皇陛下が寝たきりになったり、いわゆるアルツハイマーになってしまったりして、そうした職務が遂行できず、かつ、天皇の地位から退位することもできない状態になってしまったとしたら、どうなるだろうか。
そして繰り返しになるけれど、天皇陛下に定年退職という概念はないんだわ。
そうした懸念から、陛下は生前にその地位を退く意志を伝えた、のだけれど、これが大変。何せ、法律上では、天皇陛下の生前の退位について、何も決められていなかったのだから。
なので、国会内でいろいろと法律を作ったりして、陛下が退位できるようにした、ってわけ。
そもそも、天皇皇后両陛下、かなりの高齢なのに、それでも国は法律で死去するまでその立場で居続けるよう強制しているんだから、たまったもんじゃないよね。だって、今、85歳だよ、天皇陛下。定年退職になる年齢、とっくに過ぎているのに、その上で今でも精力的に公務をされているんだから。何度も大病をされている上で、だよ。
もちろん、次に天皇陛下になる現皇太子殿下だって、59歳という高齢ではあるんだけどさ。

天皇という「仕事」をしている
ちなみに、前述のように、天皇は世襲制。要するに、血筋でもって、日本の象徴としてその役職に就く立場ではある。
その天皇陛下が公務を行われている様子については、YouTubeにも数多くアップロードされている。
よく被災された方へのお見舞いの様子などなど、誰かにお会いする仕事をされているシーンなんてのは、よくニュース番組で流れるんだけれど、事務的な仕事をされている様子については、あまり見かける機会がない。
それと、神道の神主という立場(でいいのかな?)の仕事も行われているけれど、これも一般に公開されているわけでもないので、実際に天皇の仕事って、どういうものがあるのか、なんてのを知らない人も多いんじゃないかな。そもそも皇室アルバムとかいうテレビ番組、そうした仕事の様子なんて、ほとんど映さないやんか。
私も、そのすべてを知っているわけじゃないんだけれど、でも、そうした映像を見ると、すごい迫力があるように思える。
ここで、YouTubeにアップロードされている昭和天皇の動画を紹介してみるので、良かったら見てみてほしい。
昭和天皇は、崩御される直前まで公務を行われていたそうだけれど…
ともあれ、画面を通しても、すごい迫力があるように思えるんだわ。
もっとも、「ドライヤーで乾かす」とかいうナレーションが入ったのには、思わず笑ってしまったけれど。

天皇制度は賛成?反対?
ところで。
現在存命の世界中の人物の中で、一番神様に近い立場が天皇陛下だ、なんて意見を述べている人がいる。政治に介入することがないにも関わらず国の代表だからとかなんとか、そんな理由だったっけ。
一方、天皇制度を廃止するべきだと主張している方も多くいらっしゃる。
その天皇制度の廃止を求める方々の意見としては、その一例として、独裁政権になるからとかいう感じで主張している人もいるんだけれど、そもそも天皇陛下は、法律上、日本国民という立場ではないような感じになっちゃってる(前述のように参政権がない、つまり政治に介入することができない)もんだから、その意見は正しくない。
ただ、生まれながら天皇になることを運命づけられた立場だという点については、個人的には思うことはある。
その上で、私個人としては、天皇制については、賛成とも反対とも考えていない。
ただ唯一、天皇陛下は、人間として尊敬できる人だとは思ってる。人に対する思いやりのある人物だ、という印象を持っているからね。

以前、「なかなか孫に会えない」みたいなコメントを報道を通じて聞いたときには、「やっぱり、ふつうのおじいちゃんだよなあ」なんて思ったりもしたなあ、そういえば。



なんというか…早速、新しい年号を題した書籍の予約が始まってる(´・ω・`)



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苦丁茶(一葉茶) 50g
苦丁茶は、苦くてマズい? それは、品質の悪い茶葉だからだよ!
若葉を丁寧に摘み取り、端正に作り上げた、他店には無い最上級の苦丁茶が、これ!
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恒福茶具の苦丁茶を飲むと、他店の苦丁茶は飲めなくなっちゃうかもね♪
苦丁茶に関する参考記事は、こちら!
 ・苦丁茶(一葉茶)の薬効・効果
 

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