どうも(。・ω・)ノ゙
ってことで、PowerDirectorなどを使用し、ゆっくり解説動画をまた作ってみました。
作ってみたのはいいものの、まだ粗さが目立ちますね。
YouTube https://youtu.be/zQ856uRfA60
このブログの一番下(あるいは、「続きを読む」という部分をクリック)に、動画の元原稿を記載しています。内容が微妙に違っているところもありますけれど、動画とほぼ同じ内容です。
動画の制作裏話
さて。
こうした解説動画を円滑に作るために、まず、ゆっくり音声で読み上げさせる動画の原稿を作るところからはじめるわけですけれど。
この、動画原稿は、自宅のPCだけでなく、スマホやタブレットPCからでも編集できるようにしています。こうすることで、自宅以外の場所でも、原稿を作成することができますから。
この、原稿の製作においては、これまで、GoogleKeepあるいはOneNoteを使用していました。
ところが。
タブレットPCでこれらアプリを使用することは、もちろん可能ではあるものの、ただ動画原稿を作成するには、GoogleKeepでは後に編集しづらく、OneNoteは、ほぼワープロみたいな機能がついているため、フォントサイズの変更など、ただ単に文書を入力するだけなのに余計な機能がついています。
メインPCなどの各端末にインストールされているテキストエディタを使用してもいいのですが、その場合、定期的に、自動的にバックアップを行うことができなかったりして、トラブルにより、今まで作成していた原稿がすべてパァになっちゃうこともあるんですね。
そうしたことから、もっとシンプルに、文書だけを入力し、各端末でそれぞれ同じように作業できないかな、と思案していたところ。
あるじゃないですか。このブログの記事編集システムという手段が!!
まず文書を作成し、下書き保存することで、どの端末からでも「ブログ編集」という名目でテキストを製作することができますし、そして、その下書き原稿をそのまま流用することで、記事もできてしまう。
ブログエディタは、ブラウザ上で使用できますので、どの端末でも、(日本語変換システムの違いなどはありますが)同じように作業できます。
そして完成した原稿を、PCのスクリーンエディタに取り込み、棒読みちゃんで読み上げさせ、音声出力してやればいい。
こうすることで、作業時間が、ほんの少しだけれど短縮することができるようになりました。
とはいえ、この動画そのものも、原稿の製作時間を除けば、作業時間はだいたい6時間ほど。
棒読みちゃんでの音声出力を、文節ごとにまず行い、原稿内容の微調整や、動画内で使用する画像の選択、字幕の挿入などなどを行っていると、5分程度の動画でも、やはりそれなりの時間がかかってしまいます。
もぐもぐタイムのような、映像をそのまま適当に編集して終了!なんて感じの方法であれば、もっと短時間に編集できるんですけどね。
ともあれ、これで、また作業効率を、ほんの少しだけですが向上させることはできました。
んでも、AviUtilなどを使えば、もっと作業は早く済むんでしょうけどね。まあとりあえず私は今の方法でやっていけばいいや。
この書籍、のちに動画内でも紹介する予定です。ちょっと変わった考え方ですが、面白いですよ。
ってことで、PowerDirectorなどを使用し、ゆっくり解説動画をまた作ってみました。
作ってみたのはいいものの、まだ粗さが目立ちますね。
YouTube https://youtu.be/zQ856uRfA60
このブログの一番下(あるいは、「続きを読む」という部分をクリック)に、動画の元原稿を記載しています。内容が微妙に違っているところもありますけれど、動画とほぼ同じ内容です。
動画の制作裏話
さて。
こうした解説動画を円滑に作るために、まず、ゆっくり音声で読み上げさせる動画の原稿を作るところからはじめるわけですけれど。
この、動画原稿は、自宅のPCだけでなく、スマホやタブレットPCからでも編集できるようにしています。こうすることで、自宅以外の場所でも、原稿を作成することができますから。
この、原稿の製作においては、これまで、GoogleKeepあるいはOneNoteを使用していました。
ところが。
タブレットPCでこれらアプリを使用することは、もちろん可能ではあるものの、ただ動画原稿を作成するには、GoogleKeepでは後に編集しづらく、OneNoteは、ほぼワープロみたいな機能がついているため、フォントサイズの変更など、ただ単に文書を入力するだけなのに余計な機能がついています。
メインPCなどの各端末にインストールされているテキストエディタを使用してもいいのですが、その場合、定期的に、自動的にバックアップを行うことができなかったりして、トラブルにより、今まで作成していた原稿がすべてパァになっちゃうこともあるんですね。
そうしたことから、もっとシンプルに、文書だけを入力し、各端末でそれぞれ同じように作業できないかな、と思案していたところ。
あるじゃないですか。このブログの記事編集システムという手段が!!
まず文書を作成し、下書き保存することで、どの端末からでも「ブログ編集」という名目でテキストを製作することができますし、そして、その下書き原稿をそのまま流用することで、記事もできてしまう。
ブログエディタは、ブラウザ上で使用できますので、どの端末でも、(日本語変換システムの違いなどはありますが)同じように作業できます。
そして完成した原稿を、PCのスクリーンエディタに取り込み、棒読みちゃんで読み上げさせ、音声出力してやればいい。
こうすることで、作業時間が、ほんの少しだけれど短縮することができるようになりました。
とはいえ、この動画そのものも、原稿の製作時間を除けば、作業時間はだいたい6時間ほど。
棒読みちゃんでの音声出力を、文節ごとにまず行い、原稿内容の微調整や、動画内で使用する画像の選択、字幕の挿入などなどを行っていると、5分程度の動画でも、やはりそれなりの時間がかかってしまいます。
もぐもぐタイムのような、映像をそのまま適当に編集して終了!なんて感じの方法であれば、もっと短時間に編集できるんですけどね。
ともあれ、これで、また作業効率を、ほんの少しだけですが向上させることはできました。
んでも、AviUtilなどを使えば、もっと作業は早く済むんでしょうけどね。まあとりあえず私は今の方法でやっていけばいいや。
この書籍、のちに動画内でも紹介する予定です。ちょっと変わった考え方ですが、面白いですよ。
動画の元原稿
日記を書こうとして、三日坊主で終わってしまった方は、多くいらっしゃるのではないでしょうか。
いつのまにか書かなくなった。面倒くさくなった。いろんな理由があると思われます。
そうした、日記が続かなかった方には、ある共通項があるのではないでしょうか。
ちと話がそれるようですが、詩についても、日記と同じことが言えるのではないかと考えています。
短歌や俳句、川柳は、プロ、アマチュア問わず、作者がたくさんいらっしゃいます。
ところが、詩となると、作家の数は圧倒的に少ない、という印象があります。
実際、短歌や俳句、川柳は、コンテストが多く開催されており、作品も多く応募されています。
ですが、現代詩に関しては、あまり開催されておりません。
さて。
短歌や俳句は、定型詩と呼ばれています。
私が楽しんでいる詩は、自由詩と呼ばれています。
つまり、短歌や俳句も、大きな枠組みで言えば、詩、なんです。
この、定型詩と自由詩の決定的な違い。それは、ルールがある、ということ。
ご存知の通り、短歌の場合、5,7,5,7,7という文字制限があります。
俳句は、5,7,5という文字制限があり、かつ、季語も加えなければなりません。
詩については、基本的に、そうした文字制限というルールがないため、書き方は自由です。
もちろん、製作された作品の上手下手はありはしますが、では、短歌や俳句と、現代詩、どちらが取り掛かりやすいでしょうか。
おそらく、圧倒的多数の方が、短歌や俳句のほうが簡単だ、と、思われるのではないでしょうか。
でも、それは、なぜでしょう。
それは、作り方が決まっているから、ではないでしょうか。
短歌や俳句は、作り方に、ある一定のルールがあります。そのルールに従い、言葉を当てはめていくことで、作品は完成します。
しかし自由詩となると、そうしたルールが存在せず、好きに書いていいものだから、それがかえって、どのように作ればいいのか、どうすれば作品が完成するのか、それが見えてこない。
つまり。日記も、詩も、明確なルールがないから、書けないのではないでしょうか。
驚かれるかもしれませんが、私の場合、日記は、4種類書いています。
この4種類の日記は、ある一定の互換性はあるものの、それぞれ、書き方も、書く内容も、まったく違います。
ですが、唯一、共通しているルールがあります。
そのルールとは。「書けるときに書く」ということなんです。
もちろん、前述のように、この4種類の日記は、それぞれ書き方のルールを決めていて、そのルールに従って書いてはいます。
日記というと、その一日の終わりに書く、という印象を持たれるでしょう。ですが、日記は、いつ書いてもいいのです。
そして、もうひとつ大切なこと。それは、「書けなくても問題ない」ということなんです。
いかがでしょう。
「書けるときに書く」というルール、そして、「書けなくても問題ない」というルール、この2つを、日記を書くルールとして採用したら、日記を書かなければならない、というプレッシャーから解放されるのではないでしょうか。
もちろん、「日記を書かないのは、面倒くさいから」という方もいらっしゃるでしょうね。
でも、日記を書くことは、その日記を書く人にとって、とてつもなく大きなメリットがあるんです。
日記を書こうとして、三日坊主で終わってしまった方は、多くいらっしゃるのではないでしょうか。
いつのまにか書かなくなった。面倒くさくなった。いろんな理由があると思われます。
そうした、日記が続かなかった方には、ある共通項があるのではないでしょうか。
ちと話がそれるようですが、詩についても、日記と同じことが言えるのではないかと考えています。
短歌や俳句、川柳は、プロ、アマチュア問わず、作者がたくさんいらっしゃいます。
ところが、詩となると、作家の数は圧倒的に少ない、という印象があります。
実際、短歌や俳句、川柳は、コンテストが多く開催されており、作品も多く応募されています。
ですが、現代詩に関しては、あまり開催されておりません。
さて。
短歌や俳句は、定型詩と呼ばれています。
私が楽しんでいる詩は、自由詩と呼ばれています。
つまり、短歌や俳句も、大きな枠組みで言えば、詩、なんです。
この、定型詩と自由詩の決定的な違い。それは、ルールがある、ということ。
ご存知の通り、短歌の場合、5,7,5,7,7という文字制限があります。
俳句は、5,7,5という文字制限があり、かつ、季語も加えなければなりません。
詩については、基本的に、そうした文字制限というルールがないため、書き方は自由です。
もちろん、製作された作品の上手下手はありはしますが、では、短歌や俳句と、現代詩、どちらが取り掛かりやすいでしょうか。
おそらく、圧倒的多数の方が、短歌や俳句のほうが簡単だ、と、思われるのではないでしょうか。
でも、それは、なぜでしょう。
それは、作り方が決まっているから、ではないでしょうか。
短歌や俳句は、作り方に、ある一定のルールがあります。そのルールに従い、言葉を当てはめていくことで、作品は完成します。
しかし自由詩となると、そうしたルールが存在せず、好きに書いていいものだから、それがかえって、どのように作ればいいのか、どうすれば作品が完成するのか、それが見えてこない。
つまり。日記も、詩も、明確なルールがないから、書けないのではないでしょうか。
驚かれるかもしれませんが、私の場合、日記は、4種類書いています。
この4種類の日記は、ある一定の互換性はあるものの、それぞれ、書き方も、書く内容も、まったく違います。
ですが、唯一、共通しているルールがあります。
そのルールとは。「書けるときに書く」ということなんです。
もちろん、前述のように、この4種類の日記は、それぞれ書き方のルールを決めていて、そのルールに従って書いてはいます。
日記というと、その一日の終わりに書く、という印象を持たれるでしょう。ですが、日記は、いつ書いてもいいのです。
そして、もうひとつ大切なこと。それは、「書けなくても問題ない」ということなんです。
いかがでしょう。
「書けるときに書く」というルール、そして、「書けなくても問題ない」というルール、この2つを、日記を書くルールとして採用したら、日記を書かなければならない、というプレッシャーから解放されるのではないでしょうか。
もちろん、「日記を書かないのは、面倒くさいから」という方もいらっしゃるでしょうね。
でも、日記を書くことは、その日記を書く人にとって、とてつもなく大きなメリットがあるんです。
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