大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

自身の発達障害に対応するため、というか、発達障害関係なく自分のためなんだけれど、ストレス対策の一環として、マインドフルネスの修練を行っています。
マインドフルネスってのは、要するに、今の自分自身だけに焦点を絞る、って表現でいいのかな。今自分が感じていることだけに感覚を集中させ、それ以外のことは考えないようにする、って感じで。
だけれど、そのマインドフルネス状態に仕向けるためには、毎日地道な修練が必要でして、その修練を、日々の生活に少しずつ取り入れようとしています。
瞑想も、その手段のひとつではあるんだけれど…

食事でマインドフルネス?
この、マインドフルネスと瞑想を混同した情報が氾濫していますんで、あらためて。
瞑想は、マインドフルネス状態に仕向けるための、お手軽な方法であって、マインドフルネスと瞑想はイコールではないんですね
今の自分が感じている五感に意識を向けることが、マインドフルネスで、もっとも大切なこと。
なので、食事でもマインドフルネス修練が可能なんだわ。
まあ、食事でのマインドフルネス修練ってのは、結局のところ、ゆっくり食べて、食べることだけに集中する、ということになるわけでして、その修練を、これから地道に行っていこう、とまあ、こういうわけ。

食事における五感
ここで大切なのは、食事中、どのような感覚に意識を向けるか、ということなんだけれど。
たとえば。
白米を食べようとする際、
  • 視覚…お米の色、艶、粒の大きさ、一口の量、蒸気
  • 嗅覚…お米の香り、温度
  • 触覚…お米を口に含んだときの温度、舌触り、噛んだときの弾力、噛むごとに変わる粒の大きさの変化、粘り
  • 聴覚…咀嚼音、食器を置くときの音、
  • 味覚…お米の味、噛むごとに変わっていく味の変化
とまあ、五感に当てはめると、こういう感じでいろいろと感じ取ることができる。
こうして、時間をかけて、食事を通じた、自分が感じるさまざまな感覚に意識を向けるってのが、マインドフルネスの修練になる、ってわけ。
もちろん、食事中は、食事以外のことに、あまり意識を向けないほうがいい。たとえば、スマホを見ながらの食事は、スマホのほうに意識が向いてしまい、食事がおろそかになってしまいがち。
それよりも、食事だけに意識を向けて、食事だけを楽しむようにしていこう、とまあ、こういうわけ。
あ。悦子とご一緒に食事ってときは、また違う考え方になると思う。会話しながら食事を楽しむことも大切だから。

でも、この訓練には欠点が…
実際に、こうした訓練をはじめてみると、食事にかける時間が、大幅に向上する。
一般的な和食メニューで、だいたい30分くらいはかかるかな。
でも、この訓練って、麺類に対しては、避けたほうがいいよね。だって、時間をかけてしまうと、麺がのびるもん。
それに、時間をかければかけるほど、食材が冷めてしまうことも。
もちろん、そうした温度の変化を感じ取るのも、マインドフルネスの修練になるんだけれど、でもね、って感じでして。
牛丼などみたいなどんぶりものに対しても、あまり向いていないかも。牛丼屋にいって、時間をたっぷりかけての食事ってのは、別にマナー違反ではないものの、牛丼の楽しみ方としては、なんか違うような気もする。
もっとも、この、食事による修練ってのは、まだはじめたばかりなのだし、できるだけ毎日、こうした修練を積み重ねて、ストレスに強い脳に鍛え上げていくです、はい。

ストレス・フリー (7つの習慣実践シリーズ)
マイケル・オルビン
キングベアー出版
2015-02-28




ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を持ちかけられます。
その、相談内容に対する、私からの意見というのは、どうも一般の方々とは違うらしい。
今回は、その一例として、実際にどんな相談があったのか、そして、私がその相談を受けて、何をどのように考えたのか、そのプロセスを書いてみます。
なお、相談を受けた時期は、この記事を書く、少なくとも半年以上前のものです。

今プロポーズしてもいいのだろうか?

さて、今回は、男性からの相談内容。
お付き合いしている女性がいるのだけれど、このタイミングでプロポーズしていいかどうか意見が欲しい、と、まず持ちかけられました。
もちろん、私は、その相談者がどのような方なのか、また、どのような立場であるかはわかりませんし、私の意見ひとつで、相手の人生をコントロールすることもできません。
それを踏まえ、その相談に対する明確なアドバイスを行うための、必要最低限の情報を聞きだす必要があります。

アドバイスするために聞いたこと
そこで、私は、私がアドバイスを行うために必要なことを聞くことになるわけですが、私が、そのアドバイスを行うために得た情報は、
  • 相談者は未婚
  • 相手女性はシングルマザーで、低学年のお子さんがいる
  • 付き合って1年経過している
たったこれだけです。この3つの情報を元に、アドバイスを送ることにしました。
このブログを読んでいる方で、この3つの条件だけで、「自分なら、どのようなアドバイスをするだろうか」とか想像しつつ、私が、どのような考えのもとでアドバイスを行ったかを読んでいただけたらありがたいです
それぞれいろんな考え方があるでしょうけれど、静葉はこのように考えた、というだけの話ですよ。

相談を受ける際の注意事項
さて、相談を受ける際、私がどのようなことを心掛けているかですが。
そもそも、相談者の人生は、相談者のものです。私の人生ではありません。「このようにすべきだ」という方法論で解決するような話であれば、そうした話を行います。
ですが、私は、その相談者に指示を行う立場でもなく、ましてや、こうしなさいああしなさいという立場でもありません。
その上で、その相談者が見えていないこと、つまり、「視野を広げる」ことに重点を置いています
ですので、今回の場合だと、相談内容は、プロポーズしてもいいかどうか、ということなのですが、私は、その質問に対して、YesNoで返答することはしませんし、立場場できません、行ってもいけません。

相談内容に対する判断基準

そして、相談を受けた際、私から、何をどのように伝えるか、なのですが…
物事を考える際、その物事を行ったあとのことまで私は考えるようにしています
今回の場合だと、相談者は、相手女性にプロポーズをすることだけに焦点を当てているように思えました。これから、伴侶として一生涯付き合っていくというところまで、相談者は見えていないとも感じます。
これは私が計画を立てる際の判断基準なのですが、その物事を達成するだけではなく、できるだけ、その物事を達成したあとのことまで考えるようにしています。
これは、私の座右の書であるT.Qや7つの習慣などの、先人の知恵(自然の法則)を、ほんの一部ですが習得していることや、おそらく私自身の特殊な思考特性も含まれていると思います。
また、匿名ではあるものの、さまざまな方が、自分の人生経験をネット上で語ってくれておりまして、そうした出来事を私自身の知識として蓄えていることもあります。
今回の相談内容の場合であれば、再婚やシングルマザー、プロポーズ、離婚などなど…をキーワードとした、数多くの、さまざまな方の人生経験が頭の中に、「流れ」として記憶されたものが一度に思い出され、それらもその相談内容に対する参照として組み入れています。
文章にすると、複雑な工程のように思われるでしょうが、この判断は、判断するために必要な情報を得た際、一瞬で判断を下しています。いわゆる、ゼロ秒思考というやつですね。

私が相談者に伝えたこと
さて。今回の相談に対する私のアドバイスですが。
まず、プロポーズすべきかどうかについては、上記の通り、私は判断しません。
その上で、相談者が何を考えなければならないのかを伝えています。
その、もっとも重要なこと。それは、プロポーズをした後のことです。
これはT.Qにおける「役割」の考え方が、非常に重要な判断材料となっています。
まず、彼は、女性と結婚した際、ふたつの役割が生じます。まず、女性の夫という役割。そして、女性のお子さんの父親という役割のふたつです
もし、お互いがお子さんがいなければ、突然「父親」という役割は必要ありません。お子さんができてから、父親としての役割を演じることになります(役割を演じる、という表現は、T.Qに従ったものです)。
そして、女性にも、お子さんの母親という役割が現時点であり、そして新たに、相談者の妻としての役割が発生することになります。
ここで一番重要な点。女性にとっては、母親としての役割がとてつもなく重要なはずです。もし、お子さんと相談者、どちらかを取らなければならないという状況に立たされた場合、間違いなくお子さんを取るでしょう。
それを踏まえ、私が相談者さんに最後に伝えたこと。
女性と、どのような家庭を築き上げるかを、じっくりと話し合うように。
上記の、「役割」についての話をしたうえで、最終的に、そのように伝えています。

相談者にあえて伝えなかったこと
その話をしている中で、その相談者から、気になる一言を受けています。
「女性と一緒に、お子さんにプレゼントを頻繁に送っている」
この言葉が、私はかなり引っかかりました。
もちろん、実際に、相談者さんを含めた3人の方が、どのようにお付き合いをしているのかはわかりませんし、それは私が知るべきではない、知る必要のない話です。
その上で、この一言を聞いたときに感じたのは、その相談者さんは、父親としての役割が発生することを、まだ自覚していないのではないかということ、そして、お子さんの気持ちを汲み取ることができているのかどうか、ということです。
上記で、相談者さん、そして女性が持つそれぞれの、既存の、そしてこれから生じる役割について記しました。
この「役割」というのは、もちろんお子さんにも発生します
その時点では、母親の子ども、という役割だけでしたが、実際に結婚生活を送るようになると、そのお子さんには、相談者の子どもという役割も発生します。そして、そのお子さんに新たに発生するその役割について、相談者さんは、そこまで考えることができていないのではないだろうか、と。
「役割」は、生活をしていくうえで、自然に演じるようになるものでもありますが、ですが、その役割に気づかず、役割を反故にしたり、気が付いていても放棄したりする方も中にはいらっしゃいます。今回の事例では、家族のありかたを問うものになります。血のつながりがあるかどうかは関係ありません
そして、女性の側からすると、母子家庭、つまり、既存の家庭の中に、相談者さんという新たな同居人が増えることになるのですが、相談者さんは、プロポーズのことだけに意識を向けてしまい、そののちの生活のことまで考えることができていないのではないかとも感じたわけです。
そこで、私は、その女性と、今後の人生について、じっくり話し合うように伝えたのですが、その女性との話し合いの中で、必ず、お子さんとの関係についても必ず話題が出るはず。そしてそれ以上に、お子さんが、何を新たな父親に求めようとしているのかもわかるのではないか、そして、その求めているものを、相談者が提供できるかどうか、それに相談者が気づくことができるかどうか。
つまり。
相談者さんは、女性に対してプロポーズをするかどうか悩んでいるが、お子さんにもプロポーズする必要性を認識できているのだろうか。これが私が引っかかったところなんですね。
ですが、女性とお子さん、このおふたりと優良な関係ができているのならば、今後の人生についての話を進めるにあたり、そのことに、おそらくは気が付くだろうと私は思ったわけです。
だから、お子さんの視点からのアドバイスは、一切行いませんでした。
もっとも、あとになって、伝えたほうがよかったかな、と思うことはあるんですけどね。

もうひとつの私の思い

相談を受ける際に、私が思うこと。その一番大きなポイントは、本当の意味での幸せになってくれたらいいな、ということです。
今回の相談者さんを例にあげると。
プロポーズに成功するか失敗するかというだけでとらえるとするならば、成功するにせよ、失敗するにせよ、どちらにせよ幸せになってほしい、ということ。
相談者さんただ一人だけの問題で済むことなのなら、何をどうすればいい、とかいう感じでアドバイスを送ることもあるでしょう。
ですが、この問題は、相談者さん一人だけの問題ではありません。相談者さんを含め、三人のこれからを考える必要があるわけです。
そして、その女性と今後を話し合うようにと伝えたのは、相談者さんの為だけでなく、その相談者さんと生涯を共にしていいかどうか、女性とお子さんにも考える機会を設けるためでもある。
その話し合いの中で、お子さんのことについても、婚約者と同じく大切に考えられるかどうかが最大のポイントになる、それに相談者が気がつくかどうか。おそらく話し合いの中で、女性からも話題として出るはず、だからこそ私がその点を指摘するべきではない、と考え、あえてそこだけは伝えませんでした。

とまあ、こんな感じで私は考えたんですよ、という、ただそれだけの話です(`・ω・´)ゞ
その相談者さんが、その後どうなったかについては、私は知りませんし、知らされてもいません、そして知る必要も…興味はありますが、ありません。そもそも、その相談内容が事実かどうかも私は判断できないわけですし。
また、この記事では、ただ単に「こう考えた」というだけの記事で、その考え方が正しい間違っている、という話でもありません。その旨ご了承のほどを。

私と悦子が初めて出会った当初は、私が発達障害であることがまだ解っておらず、悦子は、私と付き合い続けることに戸惑いを持っていました。
そして私が発達障害者であると解ったとき、私は、自身が生まれながらの脳機能障害を負っていたこと、そして今まで受けてきた様々な抑圧がすべて発達障害を理由としていることが解り、約1年は、その葛藤に苦しめられていました。
現在でも、特にアスペルガー者としての私からして、定型発達者、つまり健常者の判断基準に「感情」が多大に影響を及ぼしていることに戸惑いがあり、なぜ素直に、論理的に物事を考える事ができないのかと、不思議に思っていたりもするわけですが…
それはともかく。
アスペルガー者の私と、定型発達者の悦子が、出会ってすでに2年と半年が経過しています。
もちろん、この期間にもいろんな事があったのですが、私は私なりに、そして悦子も悦子なりに、互いのことを理解しようと常に考えているからこそ、今もこうして一緒に過ごすことができています。
ですが、悦子からしても、アスペルガー者の私と良好な関係を築くのは、非常に難しいはずだと私は思うのですが…

悦子に渡した1冊の本
その、発達障害、特にアスペルガーに関して、私も、自分自身を理解するために、数多くの書籍を手に入れています。
よく、ネット社会なのだから、ネットで調べればわかるだろう、と言われるのですが、私から言わせると、ネットで流れている情報は、その大多数が、全く役に立ちません。むしろ誤解や偏見による内容、また、発達障害の様々な症状を入り交じり紹介しているものなど様々でして、これでは発達障害に関する誤解がさらに広がるのも仕方が無いと私は思います。
ですので、ネットを頼らず、書籍及び医師の意見、さらに、発達障害とは関係のない思考術などの書籍をも査読し、様々な要素を組み合わせて、自身の障害について理解を進めています。
そのため、発達障害に関する書籍も、現在でも少しずつ増えており、おそらく今後も、かなりの予算をつぎ込むことになると予想しています。頭が痛いけれど、必要なのだから、仕方がありません。
さて。
私が発達障害者だと判明したばかりのころ、様々な書籍を取り寄せていく中で、悦子に、この本を読んで欲しいと渡した書籍が、こちらです。



この書籍についてですが…アスペルガー症候群当事者である私は、この本を一切読んでいません
内容を一切査読せず、悦子に、ぜひに読んで欲しいと渡しました。
この本は、現在でも適当なタイミングで読み返しているそうなのですが、この書籍に書かれている内容は、まさしく、私の行動パターンに一致しているそうです
先日も、私のとある行動に対し、実際にこの書籍に書かれている通りのことを行っている、それがアスペルガーが理由だということも書籍に書かれている、ということを言っておりました。
繰り返しますが、この書籍は、私は一切手を付けていません。なぜならば、この書籍は、悦子にだけ内容を理解してもらえればそれでいいだろう、と考えたから。そしてその考え方は正しかったと私は考えています。
もっとも、中に何が書かれているのか、興味はあるのですが…
ですが、私のパートナーである悦子に、アスペルガー症候群を抱える私のことを理解して欲しいというのが一番にあり、この本の内容は、悦子だけが理解していてくれればそれでいいと私は考えています。

アスペルガーの女性をパートナーに持つ男性向けの本
ってことで、紹介させていただいた本は、これは定型発達者、つまり健常者の女性が、アスペルガー症候群の男性と付き合うために知っておくべき事柄をを書いている本のようです。
言い方を変えると、女性が、アスペルガー者と付き合う為のガイドブックみたいなものなのでしょう。
一方、アスペルガー症候群を発症している男女の比率について、男性の発症比率が非常に多いらしいのですが、アスペルガー症候群を抱えている女性も当然いらっしゃいます。
ですので、アスペルガー症候群の女性をパートナーとして選ぶ男性向けの書籍もあります。



こうした書籍を読み解くことで、アスペルガー症候群の女性への理解を進める手がかりにしてみてはいかがでしょうか。
むしろ、こうした書籍が必要なほど、アスペルガー者と付き合うのは困難がある、ということが言えるのでしょう。

私は読んだけれど、あまり参考にならなかったかも知れない本
上記2冊の本は、男性女性いずれかがアスペルガー症候群であった場合、健常者側がアスペルガー症候群のパートナーとどう接すればいいのか、その手がかりとするための内容だとお考えください。
一方、アスペルガー症候群の私が、とりあえず読んでは見たけれど、あまり参考にしていないという本が、




この書籍。こちらも、アスペルガー症候群と診断された頃に入手したものなのですが…
実のところ、この書籍、とりあえず読みはしましたけれど、それよりも悦子から直接色々教わったことのほうが多かったりします。
いい機会だし、久しぶりに読み返してみようかしら。

余談ではありますが…
なお。
こうした本を読んだからといって、関係がうまくいく、なんて保証は、もちろん一切ありません。
私と悦子が、現在でも付き合い続けられるのは、私も悦子も、お互いができる範囲で相手を理解する努力を続けているからに他ならないと思うんですよね。
一緒にいるときも、離れているときも、いろんな事を話したりしています。大切なこと、他愛のないこと、思い出、経験などなど…
時には、相手を傷つけかねないような考えが浮かんだりもしますが、それも正直に打ち明けたりもしています。こんなことを思ってしまったんだけれど、どう思う、って感じで。
以前、悦子は、「ここまで心を開いていろんな事を話す事ができた人はいなかった」と言っていましたが、それは私も同じ事。
こうして、様々な話を真剣に伝え合うことは、これはアスペルガー関係なく、良好な夫婦関係を続けていくためにも大切なことなのではと思いますよ。



私自身が発達障害であると診断されて以降、その、発達障害を中軸として、さまざまな勉強を行っています。
診断をされる前にすでに勉強していたことも、最近改めて勉強しなおし、新たに勉強している内容との関連付けを行ったりしていて、知識の強化という上では、まだ知らなければならないことが多いというのを痛感しています。
さてさて、その、発達障害の勉強を並行して、ストレスに関する勉強も行っているのですが…
そこで、今回のお題につながります。

発達障害者はストレスに弱い傾向がある
そもそも、発達障害者、特に成人発達障害者は、健常者に比べて、ストレスに弱い傾向があるとされています。
もちろん、これは一般論なのですが、なぜ、そのように言われているのか、疑問がありました。
それが、ストレスの勉強を続けていると、その理由がわかるようになりはしたのですが…
発達障害とストレスを関連付けた資料は、世の中にはあまり出回っていません。ですので、発達障害とストレスについて、関連づけて考えられる方は、まだまだ少ないのではないでしょうか。
ではなぜ、発達障害者は、ストレスに弱い傾向になってしまうのか
この疑問については、まず、ストレスに強い弱いは、どのように決定づけられているのか、知らなければなりません。
まずは、発達障害とストレスについての関係性ではなく、ストレスのみに焦点を絞ってお話を進めます

身体的にストレスに強いとされる人の2つの傾向
今回の話題は、ストレス対策ではなく、医学的な、ストレスの強弱について、まず知らなければなりません。
ストレスの強さについては、個人差があります。
そもそもストレスは、「対策」ができることから、ストレス対策を行うことで、感じ方を軽減することができるようになるわけなのですが、そのためには、考え方を変えることがまず重要とされています。
ですが、ここでは、考え方を変えるというアプローチでの、ストレスに対する強い弱いは解説しません。人体という機構から、読み解いていきます

運動する人はストレスに強い

まず、ひとつめ。
運動をしている人は、総じて、ストレスに強い傾向があるそうです
これは、運動している方は、神経細胞が活発に成長をしているためだそうです。
言い方を変えると、運動をすることで、身体的にストレスに強くなることができる、というわけですね。
鋼の錬金術師で、「精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ」という言葉が登場しますが、それは正しい、ということですね。
この、運動とストレス、あるいは、集中力に関してですが、かなり密接な関係があるそうでして、中には、受験勉強を円滑に進めるために、運動が重要である、とする精神科医もいらっしゃいます。
上記のことから、後天的にストレスに強い身体を手に入れることができる、と、言い換えることができるわけですね。
どのようにすれば、運動によってストレスに強くなれるかについては、ここでは述べません。ですが、成人してからでも、ストレスに強くなることが可能であるというのを、まずご理解ください。

人間の成長過程においてストレスに弱くなる

そして、ここからが、今回の重要な内容になります。
人間は、ストレスを感じると、副腎という組織(腎臓の近所にあります)から、ストレスホルモンが分泌されます。
この、ストレスホルモンを、脳にある扁桃体(扁桃腺とは関係ありません)という部分が受け取り、それが脳にストレスを感じさせている、ということになるのですが、この扁桃体が、重要なポイントです。
扁桃体の大きさが、ストレスを感じやすいかどうかの重要な要素でして、扁桃体が大きければ大きいほど、ストレスホルモンを多く受け取ることができます
扁桃体は、ストレスホルモンを受け取る、アンテナのようなものだとまずイメージしていただくとわかりやすいでしょうか。
アンテナは、大きいほど、電波を受信しやすくなります。そして、ストレスという電波は、アンテナが多いいほど、感じやすくなるんですね。
そして、この扁桃体は、人間の成長過程において、大きくなっていくわけですが、扁桃体が大きくなる一番の要素が、どれだけストレスを受けたかによるのです。
つまり、成人するまでに、ストレスを受けたぶんだけ、扁桃体が大きくなるんです
そして、扁桃体が大きくなればなるほど、ストレスを感じやすい体質になっていく、というわけですね。

扁桃体が小さくできればいいのでは?
まず、運動によって、神経細胞の成長を促し、ストレスに強くなる体質になることをまず記載しました。運動を取りやめると、神経細胞は弱まるそうなのですが、それはさておき。
と、いうことは、この、ストレスホルモンを受信する役割を果たしている扁桃体を、何らかの方法で小さくすることができればいいのでは、と私は考えたわけですが、脳医学の分野からしても、脳はまだわからないことが多いこともあり、扁桃体を小さくする方法そのものはまだ見つかっていないようです。
扁桃体は、大きくなりはするが、小さくはならない、という感じで考えればいいようですね。
ちと、このあたりは、話が横道にそれてしまうので、ここまででおいておきます。

ストレスホルモンの感度は、育つ環境次第!
ともあれ。
ストレスに弱くなる要素として、扁桃体の大きさに密接な関係があることをお伝えしました。
そして、この扁桃体は、成長期に、どれだけストレスを受けたかによって変わり、ストレスを感じるほど、扁桃体が大きくなります。
つまり。
子供の成長する環境により、その子供のストレスに対する弱さが決まる、と言えるのです。
と、いうことは。
健常者に比べて、さまざまな物事をストレスとして感じる発達障害者は、そうした、幼少期から受けているさまざまなストレスにより、扁桃体が大きくなる傾向があり、結果的に、ストレスに弱くなる、と言えるわけですね。
もちろん、これは発達障害者に限らず、健常者に対しても同じことがいえるわけですが、健常者に比べて、さまざまなストレスを受けている発達障害者は、この傾向が強いといえるわけですね。

扁桃体が大きいから手遅れ?
さて、この記事を書くきっかけとなったのは、Twitterでの対話からなのですが、発達障害のお子さんを育てられている親御さんにとっても、この、子供がストレスに弱くなる環境をいかに与えないようにするかは、頭の痛い問題になるやもしれません。
発達障害者は、健常者からの無理解による誹謗中傷を受けてしまいます。これは発達障害者に限らず、すべての障害者に当てはまることでもあるのですが、そうした外圧を、健常者と比べ受ける機会がとてつもなく多いんですね。その結果、扁桃体が肥大し、ストレスに弱い体質になってしまうわけです。
そして、扁桃体の問題だけをとらえてしまった場合、ストレスに弱い体質であることに、あるあきらめにも似た感情が湧くかもしれません。
ですが、「ストレス対策」という言葉があるように、たとえ扁桃体が肥大しているからといっても、あとからストレスに強くなる方法が、ちゃんとあります
まず、前述のように、運動によって身体を強化する方法。そして、前頭葉を刺激し、扁桃体で受け取っているストレスホルモンの調整を行う方法。この2つが、きわめて重要です。
特に、前頭葉云々…と書くと、かなり難しい話だと思われますが、これ、要するに、「考え方を変える」ことによって、ストレス対策ができるんですよ、って話。要するに、ストレスに関する勉強を行い、そしてストレス対策を行うことによって、ストレスの感じ方を軽減することができるわけです。

ストレス対策のための4つのキーワード
まあ、こんな感じに、発達障害者とストレスとの関係を考えていただくといいのですが、これは何も発達障害に限った話ではなく、健常者にも、ストレスに関する知識は手に入れていただいたほうがいいと思われます。
この、ストレス対策には、
  • 運動 … ストレスに強くなる身体を作る
  • 思考術 … ストレスに対する考え方を持つ
  • ストレスコーピング … ストレスを蒸散する
  • マインドフルネス … 思考をリセットし、ストレスがこれ以上増えるのを防ぐ
の、4つのアプローチを念頭におかれるといいでしょうね。









身体障害者や知的障害者の方々と接してきたことは、若い頃から、そう頻繁でないものの、ありました。
耳の不自由な方、目の不自由な方、下肢や腕が不自由な方といった身体障害者の方々もそうですし、小児麻痺の方も。いろんな障害の方々と出会ったり、話をしたり、ただ見かけるだけだったりもしましたが…
もっとも、私自身が、生まれながらの脳機能障害、つまり発達障害であったとは、思いもしませんでしたけどね。
私自身についての話はともかく、今回は、ふと思ったことをまとめてみます。

ホワイトハンズという団体の存在
ずいぶん以前のこと。
何気なくテレビを見ているときに、障害者の性処理介助、という話題が出ておりまして、そこで、ホワイトハンズという団体と、その活動が紹介されていました。
身体を自由に動かすことができない障害を持つ男性に対して、射精介助を行う、というのが、このホワイトハンズの活動内容となっているわけですが…
変な話、健全な男性であれば、自力で射精できます(´・ω・`)
しかし、自力で射精したくとも、身体をうまく動かすことができないために射精ができず、そのため、性的欲求を満たすことなく我慢し続けるしかない方々も事実としていらっしゃるわけでして。
男性であれば、そうした性的欲求は、射精さえできれば沈静化するのはお分かりになると思うのですが、しかし沈静化させようにも、自力で射精することができない、そのためにストレスを抱えている方々が実際に多くいらっしゃるわけですね。
性に関する話題は、日本社会においても、あまり表に出ることはありません。ですので、そうした、身体に何らかの障害を持つ男性が、その性欲処理ができずにいる、ということすら、ホワイトハンズが紹介されるまで、想像もつかなかったことです。
この、ホワイトハンズという団体は、その、障害者の性介助を福祉の一環として捉えており、その活動区域も広がっています。
ですが、ホワイトハンズ単体だけで捉えると、まだ全国的に活動ができている状態ではありません。このブログを書いている2016年11月26日現在では、四国や九州では一切活動しておりません。…批判しているわけではないので念のため。それだけ、ホワイトハンズの理念に同意し、活動されている方々が少ないんですね。

射精介助はあるけれど…
そして、ホワイトハンズの活動についてですが、その性介助について現在行っていることは、現時点では、射精介助のみ。
つまり、今のところ、男性の性処理に対する介助は、そのフォーマットが出来上がっている一方、女性に対する性欲処理の介助については、まだフォーマット化できていない、ということですね。

男性の性処理の目安は…
なぜ男性の性欲処理に対する介助はフォーマットができているかというと、要するに、解りやすいからでしょう。
だって、射精したらOK、なんだから(´・ω・`)
もちろん、射精に至るまでの工程として、衛生管理(陰部の洗浄など)もありますけれど、ともあれ、射精介助なのだから、射精させるという介助目的を達成することで、その介助の目安が出来ているわけです。
ただ、なんというか…射精介助だけが目的となりますので、雰囲気も何もあったもんじゃない。これは批判しているんじゃなく、やむを得ないって話です。詳細は下記にて。
そもそも、スタッフが行うのは、あくまでも「介助」であって、「性風俗サービス」ではないのだから。
なお、その射精介助に携わっている方々の、その採用条件として、福祉関係の資格が必須となっています。介助の範囲として「射精」を介助しているんですね。

女性の性処理介助がないのは何故?
では何故、男性の性処理介助があるのに、女性の性処理介助がないのか、ということろに話が繋がるわけですけれど…
男性の場合、上記のように、終了の目安が解りやすい。
一方、女性の場合、何をもって終了の目安とするのかが見えてこない。
だって、いわゆる「イク」という状態ってのは、射精と違って目に見えないですし、それに、いつまで続ければいいのかってのも、よくわからない。
つまり、その介助を受けようとする女性本人でなければ、満足して終了するポイントが解らないんですね
そもそも、男性と女性とでは、性的快楽に関する定義が違いますから。
その他、色々と、女性の、性処理の感覚は、とてつもなく複雑で、現在でも関係者が色々と検討をしてはいるものの、結論を出すことができないようです。
このあたりの話は、障害者云々以前に、まず女性の性の快楽や満足などについてのあれこれの話になりますし、そのへんの話を持ち出すときりがなくなりますので、ブログで書くのは避けます。
が、あえてひとことでまとめるならば、「女性の場合は、個人個人全く違うニーズを持っており、同一フォーマットの上での、女性への性処理介助の展開は、事実上不可能」という感じになりますかね。
これは介助に限らず、女性の性的快楽の話として、総合的に言えることでもあります。

申し込む方は少ない?
ここでホワイトハンズの話に戻します。
前述のように、ホワイトハンズでは、男性の射精介助について、一定のフォーマットができています。
特に衛生管理において徹底されていること、いわゆる一般的な性風俗のような行為は一切なく、陰部のマッサージのみ、という感じになっていますね。
ですが、そうしたホワイトハンズの活動があるからといって、実際にそのサービスを受けようと踏み込む方はまだまだ少ない。そりゃそうでしょう、男性だって、そのサービスに初めて申し込もうとする勇気も大変なものですし、実際申し込んでみて、どのような介助スタッフが来るのか不安もある。
つまり、申し込みたいけれど、恥ずかしくて申し込めない、不安で申し込めない、というわけなんですね。
たとえ男性の射精介助だけに限って考えても、潜在的な利用者予備軍は、おそらくかなりの人数になると思います。ですが、その介助に、勇気を振り絞って申し込める方って、どれくらいいるでしょうか。
そして実際にその射精介助を受けても、行われるのは「射精させる」ということだけで、射精はしたものの、性的な満足感については、おそらくは得るのは難しいのではと思うんですよね。でもこれは、「介助」の元で行う事ですので、ある一定の線引きは必要なのだし、そのあたりの妥協は、その利用者も必要なんでしょう。

現状での射精介助の限界
その、射精介助についても、介助であるからこその限界というのもあります。
射精を介助することが目的ではあるものの、それ以外については、一切手を出すことができない。
たとえば、性的欲求を促すために、介助者が性的な言葉を投げかけたり、画像や映像などを用意したりといったことはできないんですね。
要するに、ただ単に、陰部をマッサージすることしかできないわけです。もちろん、気持ちいいかどうか程度の声かけは行うようですが。
なので、射精はできるかもしれないけれど、雰囲気も何もあったもんじゃない、ってわけ。繰り返し言いますけれど、批判しているんじゃないからね、現実を言っているだけだから。
表現がおかしくなるかもだけれど…この射精介助というのは、入浴介助や食事介助と同じ「介助」という立ち位置であって、それを超えることはできない、ってことね。
それと、性的マイノリティについての考慮もまだできていない。と、いうのも、少なくともホワイトハンズで活躍している射精介助スタッフは、全員女性であること、男性の募集は一切行っていないんですね。
男性に射精介助をお願いしたいというのも考えられはしますけれど、おそらく、実際にそうした要望があれば、検討が始まるんじゃないかなあ。

性風俗の利用は?
これは、とある福祉関係の仕事をされている方の意見だけれど、障害者が、性風俗を利用するのは妥当だ、って話。
例えば。
知的障害者が、その性欲の処理の為に強姦をした、なんて話も聞いたりしたけれど、そうした、理性を保ちにくい人が、その性欲処理の為に、性風俗を利用するのは、あり、なんだそうだ。
そもそも、その性欲処理をしてくれる、その性風俗スタッフは、その筋のプロなのだから、仕事として、サービスをしてくれるとかなんとか。それに、性の意識を性風俗に向けることで、いわゆる強姦などの犯罪行為に走るのをある程度抑えることができる、と言ってた。
もっとも、今回話題として取り上げさせてもらったホワイトハンズの利用者は、基本的に、自由に動くことができない人なわけで、知的障害者とはまた違うんですけど。
それと、身体が不自由な方の場合、その性風俗を利用するために、わざわざ支援者等に送迎してもらわなきゃならん。
他にも、色々と細かいところで問題も出ると思う。たとえば、年齢制限とかもそうだし、障害者と一言で表現しても、その障害の程度はケースバイケースだし。
特に、思春期を迎えた障害者の、その性欲のはけ口なんてのは、どうしたもんでしょうね。
んでもまあ、ホワイトハンズのサービスを利用できる方々だけに的を絞ると、射精介助と性風俗の、二つの選択肢があるってだけでも、かなり違うんじゃなかろうか。

法律や世論などとの兼ね合いも…
もちろん、法律による制限もありますよね。売春防止法なんてのもそのひとつでしょう。
それに、ものがデリケートな性の問題です。そんなものは必要ないと、心ない外部の人達からの執拗な批判も受けることもあるでしょうし、もちろん、表立って話題になるようなこともほとんどない。ホワイトハンズが地上波で紹介されたことそのものは、とてつもなく画期的な事であったはずです。
ですが、ニーズがあり、それに応えることができるような、もちろんある一定の限界はあるとした上で、そうした、性処理に悩む障害者の方々への理解は必要だと私は考えます。
ただ、どのような障害であれ、実際の需要は、人それぞれ色々と異なります。そうした違いも配慮した上で、男性女性問わず、性欲の処理に関する福祉を充実させていくようになるのを期待します。

私自身は、そうした方々への支援を行うことそのものはできませんが。知識も資格もありませんし。それに私も、この問題に対しては、一応、部外者です。
んでも、こうして、ブログに、話題として提供するくらいは、ね。


https://www.youtube.com/watch?v=QjaGvsinM4M


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