大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

と、いうことで、今日は2017年1月2日。
元旦の夕刻より、体調不良によりダウン(´・ω・`)
現在は、その症状は軽くなってきてはいるものの、全快するまで、あともう少しといったところです。
どうも食あたりしてしまったようで、悦子は、生牡蠣を食べたのが原因なのではと言っておりますが…
生食用の生牡蠣を、人生初めて生で食べてみたのですが、少なくとも、私の口には合いませんでした。いやはや。

昨年一年はどんな一年?
ってことで。
私にとって、昨年1年間は、どんな年だったか、ということなんだけれど、もちろん、色々ありましたが、一番大きいのは、発達障害だけでなく、脳機能を理解する上で必要な様々な知識を手に入れたことだと考えています。
発達障害であるとの診断を受けたのが、2015年の、私の誕生日が過ぎたその直後でした。
2015年は、発達障害に関する知識のみを蓄えることになり、それは自分自身を知ることにも繋がることではあったのですが、一方で、私にとって、非常に残酷な現実をつきつけられた一年でもありました。
そして、昨年は、発達障害の知識だけでなく、様々な知識、特に、「マインドフルネス」「ストレスコーピング」「認知行動療法」の3つを知ることができたこと、そして、今まで勉強してきた「T.Q」と「7つの習慣」、そして発達障害に関する知識を、すべて「脳機能」という「自然の法則」に当てはめて考えられるようになったことが、一番大きな出来事だと考えています。
そもそも、このように考えられるようになったきっかけは、スティーブン・R・コヴィー氏、つまり7つの習慣の著者であるその方のインタビューを見たから。

インタビューに書かれていた、ひとつのキーワード
私の手元には、そのインタビュー記事が掲載されている、7つの習慣の特別版があるのですが、そもそも7つの習慣は、完訳版以外にも、キングベアー出版から、初出版された当初のものも保有していたこともあり、一度も開くことがありませんでした。
完訳 7つの習慣 人格主義の回復
スティーブン・R・コヴィー
キングベアー出版
2013-08-30

それが、ふとしたきっかけて、そのインタビュー記事を読むと。
コヴィー博士は、「7つの習慣は、自然の法則である」という表現をされています。
そして、私の座右の書である「T.Q」は、「10の自然の法則」を主題としています。
TQ-心の安らぎを得る究極のタイムマネジメント (SB文庫)
ハイラム・W・スミス
SBクリエイティブ
2009-11-16

この、「自然の法則」という言葉が、私にとって、重要なキーワードになりました。
私は、発達障害という脳機能障害についてのみ、アプローチをかけていました。
しかし、脳機能を読み解く上では、発達障害だけでなく、他にも様々な視点からのアプローチが必要だったのです
それが、脳も、自然の法則の上で活動している、と考え、発達障害の、障害者としての特性も、すべて脳機能の問題なのだから、私の脳といかにうまく付き合っていくか、あとは、その手段を模索するだけでいい。
そして、有効な手段として、T.Q、7つの習慣、マインドフルネス、ストレスコーピング、認知行動療法その他があり、それらを、私が使用している手帳に反映し、そうした思考術に当たる要素をどんどん取り入れることができるようになっています。
それが昨年12月にようやくある一定の道筋が出来、昨日から実践している、とまあ、こういうわけです。
まさか元旦当日から体調不良に見舞われるとは思っていなかったけれど、でも、その知識は、そうしてダウンしている中でも実践することができていますよ。

発達障害を自覚したからこそできること
で、私は、発達障害者。アスペルガー症候群とADHDの、ふたつの障害を持っているだけでなく、さらに特殊な思考特性を持っていることが解っています。
私が、発達障害であるために、健常者に比べてできないこと、苦手なことを自覚できるようになってきてもいます。
その上で、ではどのようにすれば、少しはマシになるのかを考えられるようにもなっています。
発達障害者の中には、自身が発達障害であるのは自覚していても、何をどのようにすれば今以上に生きるのが楽になるのかを真剣に考えられる方は、まだ少ないように思います。
一番大切なのは、その障害を理解するだけでなく、その障害とうまく付き合っていけるよう工夫することだと私は考えています。ですので、私のそうした知識や経験を、まず私自身にフィードバックし、うまくいけばそれを他の方々にフィードバックできるようになればいいかな、とは考えているんですけどね。
はてさて、うまくいくのやら。




先々週、NTTを名乗る相手から電話がかかってきました。
その電話に対して、「またか」とかいう感じに話を聞いていたんだけれど、実際には、本当にNTTからの電話でしてですね。
その電話の内容は、「現在の契約状況がわからないというお客様が多いため、黄色い封筒で契約状況がどうなっているのかの確認の書類を送っている、必ず目を通して欲しい」とのことでした。
そして先週、再びNTTから電話がかかり、封筒を確認したかどうか聞かれたのですが、封筒はまだ開封してはいないものの、契約内容は覚えているし、現在の契約のまま利用し続けることを伝えています。
ところで。
その、NTTを名乗る電話に、「またか」って感じで、うんざりした理由なんですけれど。

とてつもなく多い、光コラボレーションのセールス電話
NTTの回線をレンタルする、いわゆる「光コラボレーション」のセールスが、毎週のように自宅にかかってくるようになっていました。
そもそも、光コラボレーションってのは、携帯でいうところの、「NTT」「AU」「SOFTBANK」以外の、その各大手携帯電話会社の回線をレンタルし販売しているようなビジネスモデルです。
NTTのインターネット回線を一括で業者がレンタルし、その分格安でユーザーに利用できるようにしたもので、一般的なNTTの回線接続サービスよりも、毎月千円以上割安になるのが売りです。
その、光コラボレーションというのが解禁になってから、あっちこっちから勧誘の電話がかかるかかる!
私が現在契約しているOCNからも2度ありました(代理店ではなくOCNからの電話だったっぽい?)が、そのほか、Biglobeや、中には聞きなれない回線業者からの勧誘の電話もありました。
中には、「お世話になっております、私、NTTフレッツ光、光コラボレーションサポートセンター○○です」とかいう感じで電話をかけてくるもんだから、「私、あなたのところにお世話になっていませんよね?」とかいう感じで受け答えしたり。
要するに、「NTT○○」とかいう感じに、いかにもNTTの関連会社ですよ、とかいう感じで電話してくる連中が多いもんだから、ややこしいのなんの!
なので、そうしたセールスの電話に対しては、ネット回線に関する専門的な話をしたりして撃退し、二度と電話がかかってこないよう仕向けてもいたりもしてました。

私が回線を乗り換えない理由
ってことで、表題になるわけですけれど。
毎月、千円程度、回線利用料が下がることは、金額だけを見ると、年間を通じて2万円、あるいはそれ以上差額が発生する可能性があります。しかも、回線を乗り換えた場合、数万円のボーナスが出るようなものもあったりするんですね。
んでも、私は、回線を変更する意志がまったくなかったりします。
その最大の理由ってのは、回線業者を変更してしまった場合、その回線にトラブルが発生すると、NTTではなく、NTTとは違う回線業者が担当することになるからです
もちろん、修理対応は、実際にはNTTが行うでしょうけれど、万が一のトラブルに、迅速に対応する力が、そうした、NTTの回線をただ借りているだけの業者には無いと考えているんですね。
実際、NTTの場合、回線に何らかの異常が発生した場合は、基本的に、24時間対応してくれています。深夜は、留守番電話での対応ですが、担当が順次対応してくれていますので、対応が完了するまで1時間もかかったことはありません。
ですが、NTT以外の回線業者は、それだけのサポート力がない。そもそも24時間対応ではありませんし、回線業者が変更になった場合、たとえ故障であったとしても、NTTは顧客には対応しません。だって事実上、顧客じゃないもん。
しかも、インターネットに接続するための設備は、回線業者であっても、NTT基地局内にあるそうですので、基地局内での故障に対しても、すばやく対応できるとは考えにくい。
もっとも、これは、そもそもインターネット設備に対する私の知識の無さもあり、偏見もあるでしょうけれど。
そしてもうひとつの理由ってのは、そもそも、私、NTTの長期利用による割引サービスなどに加入しまくっていて、そうした回線業者を選ばずとも、かなり格安で回線を利用しているんです
むしろそうして回線業者を変更した場合、莫大な違約金が発生します。その違約金を支払うだけのメリットが、一切ないんです。
また、将来、現在住んでいる家から引越しすることにもなるでしょうが、そうして引越しする際の工事手数料にも差が出てくるんじゃないかなあ。これは実際に調べたわけじゃないけどね。
ともあれ、安定したサービスを受けるためには、このままNTT回線を利用し続けるほうが有利だ、ということがいえるんです。
そもそも、こうした光コラボレーションってのは、プロバイダとセットになっています
もし、プロバイダだけに不備があった場合、自由にプロバイダを変更することができないため、ネットに接続できなくなる可能性もある。そうなると、利用者の不利益が発生する可能性が出てきます。
実際、プロバイダをふたつ同時に契約していた時期がありまして、ルーターで、接続先プロバイダを変更して、ネット回線の安定化を図っていた時期もありました。今では、そういうことをする必要性もなくなりましたが。
ほんと、プロバイダの、サーバーのトラブルで、何度も泣かされたからなあ。たとえば、Toppaとか、それから、Toppaとか、ほかにも、Toppaとか…

スマホ業者も変えてません
もともと、光コラボレーションが解禁になる際、実際にそれがどのようなものなのか、メリットとデメリット、また、当時のNTTとの契約内容をあらかじめ頭の中に入れていたため、セールスの電話がかかってきても、そのまま断ることができていました。
ですが、私のように、事前に情報を仕入れていた場合はともかく、そのセールスの電話に乗っかって、回線業者を変えた方がたくさんいらっしゃるようで、そのトラブルがNTTに多く寄せられているようですね。
ですので、NTTも、やむを得ず、利用者一軒一軒に、こうして、契約内容の確認を促すようになっているんでしょう。
ちなみに、スマホについても、私はSOFTBANKのまま、ほかの回線業者に変更することなく、使い続けることになっています。
そもそも、私のスマホ代、毎月2千円ちょいだし、それに、大手キャリア以外と契約した際、上記のように、たとえば、スマホ本体が壊れたとかのトラブルに、迅速に対応できるかといえば、そうではないと考えていますから。
ともあれ、値段がただ安くなる、というだけに目を向けず、回線業者を変更した際のリスクについても、一考するほうがいいですよ、って話です、はい。

そういや、SOFTBANKから、光コラボレーションのセールス電話、かかってきたことはなかったなあ。

自身の発達障害に対応するため、というか、発達障害関係なく自分のためなんだけれど、ストレス対策の一環として、マインドフルネスの修練を行っています。
マインドフルネスってのは、要するに、今の自分自身だけに焦点を絞る、って表現でいいのかな。今自分が感じていることだけに感覚を集中させ、それ以外のことは考えないようにする、って感じで。
だけれど、そのマインドフルネス状態に仕向けるためには、毎日地道な修練が必要でして、その修練を、日々の生活に少しずつ取り入れようとしています。
瞑想も、その手段のひとつではあるんだけれど…

食事でマインドフルネス?
この、マインドフルネスと瞑想を混同した情報が氾濫していますんで、あらためて。
瞑想は、マインドフルネス状態に仕向けるための、お手軽な方法であって、マインドフルネスと瞑想はイコールではないんですね
今の自分が感じている五感に意識を向けることが、マインドフルネスで、もっとも大切なこと。
なので、食事でもマインドフルネス修練が可能なんだわ。
まあ、食事でのマインドフルネス修練ってのは、結局のところ、ゆっくり食べて、食べることだけに集中する、ということになるわけでして、その修練を、これから地道に行っていこう、とまあ、こういうわけ。

食事における五感
ここで大切なのは、食事中、どのような感覚に意識を向けるか、ということなんだけれど。
たとえば。
白米を食べようとする際、
  • 視覚…お米の色、艶、粒の大きさ、一口の量、蒸気
  • 嗅覚…お米の香り、温度
  • 触覚…お米を口に含んだときの温度、舌触り、噛んだときの弾力、噛むごとに変わる粒の大きさの変化、粘り
  • 聴覚…咀嚼音、食器を置くときの音、
  • 味覚…お米の味、噛むごとに変わっていく味の変化
とまあ、五感に当てはめると、こういう感じでいろいろと感じ取ることができる。
こうして、時間をかけて、食事を通じた、自分が感じるさまざまな感覚に意識を向けるってのが、マインドフルネスの修練になる、ってわけ。
もちろん、食事中は、食事以外のことに、あまり意識を向けないほうがいい。たとえば、スマホを見ながらの食事は、スマホのほうに意識が向いてしまい、食事がおろそかになってしまいがち。
それよりも、食事だけに意識を向けて、食事だけを楽しむようにしていこう、とまあ、こういうわけ。
あ。悦子とご一緒に食事ってときは、また違う考え方になると思う。会話しながら食事を楽しむことも大切だから。

でも、この訓練には欠点が…
実際に、こうした訓練をはじめてみると、食事にかける時間が、大幅に向上する。
一般的な和食メニューで、だいたい30分くらいはかかるかな。
でも、この訓練って、麺類に対しては、避けたほうがいいよね。だって、時間をかけてしまうと、麺がのびるもん。
それに、時間をかければかけるほど、食材が冷めてしまうことも。
もちろん、そうした温度の変化を感じ取るのも、マインドフルネスの修練になるんだけれど、でもね、って感じでして。
牛丼などみたいなどんぶりものに対しても、あまり向いていないかも。牛丼屋にいって、時間をたっぷりかけての食事ってのは、別にマナー違反ではないものの、牛丼の楽しみ方としては、なんか違うような気もする。
もっとも、この、食事による修練ってのは、まだはじめたばかりなのだし、できるだけ毎日、こうした修練を積み重ねて、ストレスに強い脳に鍛え上げていくです、はい。

ストレス・フリー (7つの習慣実践シリーズ)
マイケル・オルビン
キングベアー出版
2015-02-28




ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を持ちかけられます。
その、相談内容に対する、私からの意見というのは、どうも一般の方々とは違うらしい。
今回は、その一例として、実際にどんな相談があったのか、そして、私がその相談を受けて、何をどのように考えたのか、そのプロセスを書いてみます。
なお、相談を受けた時期は、この記事を書く、少なくとも半年以上前のものです。

今プロポーズしてもいいのだろうか?

さて、今回は、男性からの相談内容。
お付き合いしている女性がいるのだけれど、このタイミングでプロポーズしていいかどうか意見が欲しい、と、まず持ちかけられました。
もちろん、私は、その相談者がどのような方なのか、また、どのような立場であるかはわかりませんし、私の意見ひとつで、相手の人生をコントロールすることもできません。
それを踏まえ、その相談に対する明確なアドバイスを行うための、必要最低限の情報を聞きだす必要があります。

アドバイスするために聞いたこと
そこで、私は、私がアドバイスを行うために必要なことを聞くことになるわけですが、私が、そのアドバイスを行うために得た情報は、
  • 相談者は未婚
  • 相手女性はシングルマザーで、低学年のお子さんがいる
  • 付き合って1年経過している
たったこれだけです。この3つの情報を元に、アドバイスを送ることにしました。
このブログを読んでいる方で、この3つの条件だけで、「自分なら、どのようなアドバイスをするだろうか」とか想像しつつ、私が、どのような考えのもとでアドバイスを行ったかを読んでいただけたらありがたいです
それぞれいろんな考え方があるでしょうけれど、静葉はこのように考えた、というだけの話ですよ。

相談を受ける際の注意事項
さて、相談を受ける際、私がどのようなことを心掛けているかですが。
そもそも、相談者の人生は、相談者のものです。私の人生ではありません。「このようにすべきだ」という方法論で解決するような話であれば、そうした話を行います。
ですが、私は、その相談者に指示を行う立場でもなく、ましてや、こうしなさいああしなさいという立場でもありません。
その上で、その相談者が見えていないこと、つまり、「視野を広げる」ことに重点を置いています
ですので、今回の場合だと、相談内容は、プロポーズしてもいいかどうか、ということなのですが、私は、その質問に対して、YesNoで返答することはしませんし、立場場できません、行ってもいけません。

相談内容に対する判断基準

そして、相談を受けた際、私から、何をどのように伝えるか、なのですが…
物事を考える際、その物事を行ったあとのことまで私は考えるようにしています
今回の場合だと、相談者は、相手女性にプロポーズをすることだけに焦点を当てているように思えました。これから、伴侶として一生涯付き合っていくというところまで、相談者は見えていないとも感じます。
これは私が計画を立てる際の判断基準なのですが、その物事を達成するだけではなく、できるだけ、その物事を達成したあとのことまで考えるようにしています。
これは、私の座右の書であるT.Qや7つの習慣などの、先人の知恵(自然の法則)を、ほんの一部ですが習得していることや、おそらく私自身の特殊な思考特性も含まれていると思います。
また、匿名ではあるものの、さまざまな方が、自分の人生経験をネット上で語ってくれておりまして、そうした出来事を私自身の知識として蓄えていることもあります。
今回の相談内容の場合であれば、再婚やシングルマザー、プロポーズ、離婚などなど…をキーワードとした、数多くの、さまざまな方の人生経験が頭の中に、「流れ」として記憶されたものが一度に思い出され、それらもその相談内容に対する参照として組み入れています。
文章にすると、複雑な工程のように思われるでしょうが、この判断は、判断するために必要な情報を得た際、一瞬で判断を下しています。いわゆる、ゼロ秒思考というやつですね。

私が相談者に伝えたこと
さて。今回の相談に対する私のアドバイスですが。
まず、プロポーズすべきかどうかについては、上記の通り、私は判断しません。
その上で、相談者が何を考えなければならないのかを伝えています。
その、もっとも重要なこと。それは、プロポーズをした後のことです。
これはT.Qにおける「役割」の考え方が、非常に重要な判断材料となっています。
まず、彼は、女性と結婚した際、ふたつの役割が生じます。まず、女性の夫という役割。そして、女性のお子さんの父親という役割のふたつです
もし、お互いがお子さんがいなければ、突然「父親」という役割は必要ありません。お子さんができてから、父親としての役割を演じることになります(役割を演じる、という表現は、T.Qに従ったものです)。
そして、女性にも、お子さんの母親という役割が現時点であり、そして新たに、相談者の妻としての役割が発生することになります。
ここで一番重要な点。女性にとっては、母親としての役割がとてつもなく重要なはずです。もし、お子さんと相談者、どちらかを取らなければならないという状況に立たされた場合、間違いなくお子さんを取るでしょう。
それを踏まえ、私が相談者さんに最後に伝えたこと。
女性と、どのような家庭を築き上げるかを、じっくりと話し合うように。
上記の、「役割」についての話をしたうえで、最終的に、そのように伝えています。

相談者にあえて伝えなかったこと
その話をしている中で、その相談者から、気になる一言を受けています。
「女性と一緒に、お子さんにプレゼントを頻繁に送っている」
この言葉が、私はかなり引っかかりました。
もちろん、実際に、相談者さんを含めた3人の方が、どのようにお付き合いをしているのかはわかりませんし、それは私が知るべきではない、知る必要のない話です。
その上で、この一言を聞いたときに感じたのは、その相談者さんは、父親としての役割が発生することを、まだ自覚していないのではないかということ、そして、お子さんの気持ちを汲み取ることができているのかどうか、ということです。
上記で、相談者さん、そして女性が持つそれぞれの、既存の、そしてこれから生じる役割について記しました。
この「役割」というのは、もちろんお子さんにも発生します
その時点では、母親の子ども、という役割だけでしたが、実際に結婚生活を送るようになると、そのお子さんには、相談者の子どもという役割も発生します。そして、そのお子さんに新たに発生するその役割について、相談者さんは、そこまで考えることができていないのではないだろうか、と。
「役割」は、生活をしていくうえで、自然に演じるようになるものでもありますが、ですが、その役割に気づかず、役割を反故にしたり、気が付いていても放棄したりする方も中にはいらっしゃいます。今回の事例では、家族のありかたを問うものになります。血のつながりがあるかどうかは関係ありません
そして、女性の側からすると、母子家庭、つまり、既存の家庭の中に、相談者さんという新たな同居人が増えることになるのですが、相談者さんは、プロポーズのことだけに意識を向けてしまい、そののちの生活のことまで考えることができていないのではないかとも感じたわけです。
そこで、私は、その女性と、今後の人生について、じっくり話し合うように伝えたのですが、その女性との話し合いの中で、必ず、お子さんとの関係についても必ず話題が出るはず。そしてそれ以上に、お子さんが、何を新たな父親に求めようとしているのかもわかるのではないか、そして、その求めているものを、相談者が提供できるかどうか、それに相談者が気づくことができるかどうか。
つまり。
相談者さんは、女性に対してプロポーズをするかどうか悩んでいるが、お子さんにもプロポーズする必要性を認識できているのだろうか。これが私が引っかかったところなんですね。
ですが、女性とお子さん、このおふたりと優良な関係ができているのならば、今後の人生についての話を進めるにあたり、そのことに、おそらくは気が付くだろうと私は思ったわけです。
だから、お子さんの視点からのアドバイスは、一切行いませんでした。
もっとも、あとになって、伝えたほうがよかったかな、と思うことはあるんですけどね。

もうひとつの私の思い

相談を受ける際に、私が思うこと。その一番大きなポイントは、本当の意味での幸せになってくれたらいいな、ということです。
今回の相談者さんを例にあげると。
プロポーズに成功するか失敗するかというだけでとらえるとするならば、成功するにせよ、失敗するにせよ、どちらにせよ幸せになってほしい、ということ。
相談者さんただ一人だけの問題で済むことなのなら、何をどうすればいい、とかいう感じでアドバイスを送ることもあるでしょう。
ですが、この問題は、相談者さん一人だけの問題ではありません。相談者さんを含め、三人のこれからを考える必要があるわけです。
そして、その女性と今後を話し合うようにと伝えたのは、相談者さんの為だけでなく、その相談者さんと生涯を共にしていいかどうか、女性とお子さんにも考える機会を設けるためでもある。
その話し合いの中で、お子さんのことについても、婚約者と同じく大切に考えられるかどうかが最大のポイントになる、それに相談者が気がつくかどうか。おそらく話し合いの中で、女性からも話題として出るはず、だからこそ私がその点を指摘するべきではない、と考え、あえてそこだけは伝えませんでした。

とまあ、こんな感じで私は考えたんですよ、という、ただそれだけの話です(`・ω・´)ゞ
その相談者さんが、その後どうなったかについては、私は知りませんし、知らされてもいません、そして知る必要も…興味はありますが、ありません。そもそも、その相談内容が事実かどうかも私は判断できないわけですし。
また、この記事では、ただ単に「こう考えた」というだけの記事で、その考え方が正しい間違っている、という話でもありません。その旨ご了承のほどを。

私と悦子が初めて出会った当初は、私が発達障害であることがまだ解っておらず、悦子は、私と付き合い続けることに戸惑いを持っていました。
そして私が発達障害者であると解ったとき、私は、自身が生まれながらの脳機能障害を負っていたこと、そして今まで受けてきた様々な抑圧がすべて発達障害を理由としていることが解り、約1年は、その葛藤に苦しめられていました。
現在でも、特にアスペルガー者としての私からして、定型発達者、つまり健常者の判断基準に「感情」が多大に影響を及ぼしていることに戸惑いがあり、なぜ素直に、論理的に物事を考える事ができないのかと、不思議に思っていたりもするわけですが…
それはともかく。
アスペルガー者の私と、定型発達者の悦子が、出会ってすでに2年と半年が経過しています。
もちろん、この期間にもいろんな事があったのですが、私は私なりに、そして悦子も悦子なりに、互いのことを理解しようと常に考えているからこそ、今もこうして一緒に過ごすことができています。
ですが、悦子からしても、アスペルガー者の私と良好な関係を築くのは、非常に難しいはずだと私は思うのですが…

悦子に渡した1冊の本
その、発達障害、特にアスペルガーに関して、私も、自分自身を理解するために、数多くの書籍を手に入れています。
よく、ネット社会なのだから、ネットで調べればわかるだろう、と言われるのですが、私から言わせると、ネットで流れている情報は、その大多数が、全く役に立ちません。むしろ誤解や偏見による内容、また、発達障害の様々な症状を入り交じり紹介しているものなど様々でして、これでは発達障害に関する誤解がさらに広がるのも仕方が無いと私は思います。
ですので、ネットを頼らず、書籍及び医師の意見、さらに、発達障害とは関係のない思考術などの書籍をも査読し、様々な要素を組み合わせて、自身の障害について理解を進めています。
そのため、発達障害に関する書籍も、現在でも少しずつ増えており、おそらく今後も、かなりの予算をつぎ込むことになると予想しています。頭が痛いけれど、必要なのだから、仕方がありません。
さて。
私が発達障害者だと判明したばかりのころ、様々な書籍を取り寄せていく中で、悦子に、この本を読んで欲しいと渡した書籍が、こちらです。



この書籍についてですが…アスペルガー症候群当事者である私は、この本を一切読んでいません
内容を一切査読せず、悦子に、ぜひに読んで欲しいと渡しました。
この本は、現在でも適当なタイミングで読み返しているそうなのですが、この書籍に書かれている内容は、まさしく、私の行動パターンに一致しているそうです
先日も、私のとある行動に対し、実際にこの書籍に書かれている通りのことを行っている、それがアスペルガーが理由だということも書籍に書かれている、ということを言っておりました。
繰り返しますが、この書籍は、私は一切手を付けていません。なぜならば、この書籍は、悦子にだけ内容を理解してもらえればそれでいいだろう、と考えたから。そしてその考え方は正しかったと私は考えています。
もっとも、中に何が書かれているのか、興味はあるのですが…
ですが、私のパートナーである悦子に、アスペルガー症候群を抱える私のことを理解して欲しいというのが一番にあり、この本の内容は、悦子だけが理解していてくれればそれでいいと私は考えています。

アスペルガーの女性をパートナーに持つ男性向けの本
ってことで、紹介させていただいた本は、これは定型発達者、つまり健常者の女性が、アスペルガー症候群の男性と付き合うために知っておくべき事柄をを書いている本のようです。
言い方を変えると、女性が、アスペルガー者と付き合う為のガイドブックみたいなものなのでしょう。
一方、アスペルガー症候群を発症している男女の比率について、男性の発症比率が非常に多いらしいのですが、アスペルガー症候群を抱えている女性も当然いらっしゃいます。
ですので、アスペルガー症候群の女性をパートナーとして選ぶ男性向けの書籍もあります。



こうした書籍を読み解くことで、アスペルガー症候群の女性への理解を進める手がかりにしてみてはいかがでしょうか。
むしろ、こうした書籍が必要なほど、アスペルガー者と付き合うのは困難がある、ということが言えるのでしょう。

私は読んだけれど、あまり参考にならなかったかも知れない本
上記2冊の本は、男性女性いずれかがアスペルガー症候群であった場合、健常者側がアスペルガー症候群のパートナーとどう接すればいいのか、その手がかりとするための内容だとお考えください。
一方、アスペルガー症候群の私が、とりあえず読んでは見たけれど、あまり参考にしていないという本が、




この書籍。こちらも、アスペルガー症候群と診断された頃に入手したものなのですが…
実のところ、この書籍、とりあえず読みはしましたけれど、それよりも悦子から直接色々教わったことのほうが多かったりします。
いい機会だし、久しぶりに読み返してみようかしら。

余談ではありますが…
なお。
こうした本を読んだからといって、関係がうまくいく、なんて保証は、もちろん一切ありません。
私と悦子が、現在でも付き合い続けられるのは、私も悦子も、お互いができる範囲で相手を理解する努力を続けているからに他ならないと思うんですよね。
一緒にいるときも、離れているときも、いろんな事を話したりしています。大切なこと、他愛のないこと、思い出、経験などなど…
時には、相手を傷つけかねないような考えが浮かんだりもしますが、それも正直に打ち明けたりもしています。こんなことを思ってしまったんだけれど、どう思う、って感じで。
以前、悦子は、「ここまで心を開いていろんな事を話す事ができた人はいなかった」と言っていましたが、それは私も同じ事。
こうして、様々な話を真剣に伝え合うことは、これはアスペルガー関係なく、良好な夫婦関係を続けていくためにも大切なことなのではと思いますよ。



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