大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

ドウモ( ・∀・)っ旦
ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を受けたりする私。
相談を受ける時には、相手の立場に立った上で、その問題の原因や考え方、また違った視点からの状況の指摘を行うなどといった考え方の元で、ある一定のアドバイスは行ってたりします。
もちろん、解らないことは解らないと言うし、無責任な事も言わないようにしている。何しろ、場合によっては、相手の人生を狂わせてしまう可能性もあるから。
また、相談を受けた時には、過去の様々な事例を照らし合わせて問題の共通項を探っていたりして、頭の中がフル稼働してる状態になってたりもしてたりします。

不妊治療中の女性からの悩み
そうやって相談を受けている中で、印象に残っている相談もいろいろあるんだけれど、その中でも、不妊に悩んでいるという方が、それぞれ違う時期にお二人、私に不妊治療をしていると伝えてきたことがあったんだ。
そのお二人は、それぞれ「相談しにきた」のではなく、どちらかというと愚痴吐き程度だったと思う。
だけど、不妊に悩んでいる方も少なくはないし、そうした悩みってのも今までいろいろと聞いてきてはいるんだ。
なので、そうした情報を元に、考え方だけを伝えるようにはした。
もちろん、私に相談したところで、不妊治療が成功するはずもないし、不妊に関する様々な情報を伝えたとしても、そもそも専門医の元で治療(という表現でいいのだろうか)を行っているわけだから必要性も感じないからね。
ってことで、私がなにを伝えたかってのを、ちと書いてみます。

決して自分を責めないこと

その女性にそれぞれ一番強く伝えたのは、「なにがあっても決して自分を責めないこと」ということなんだ。
過去、女性は、子供が作れない事をさんざん責められてきた歴史がある、ってのはご存じの通り。跡取り問題とか、いろいろあるんだよね。その不妊の原因が男性側にあったとしても、それでも女性のせいにされてきたいきさつがある。
それに、女性だって、子供を望んでいるのに授からないというプレッシャーにさらされてきた。家族や親族などだけでなく、妊娠しない女性自ら、自分自身にそうして抑圧を与えていた、ってこともあるんだわ。
もちろん、妊娠したあとも、死産や流産などというのもあり得るし、さらに出産しても五体満足な子供が産まれてくるとは限らない(パーフェクトビーシンドロームってのがあるんで検索してみてちょ)。
でも、そうしたトラブル(?)ってのは、女性自ら望んでそうなったわけじゃないでしょ
そもそも、愛する人との子供を宿したい、元気な子供を産んで育てたい、って願望があるのに、それでも妊娠できない、でも、それって、女性がわざと妊娠しないようにし向けているわけじゃないでしょ。
ところが、そうして悩む女性は、そうなってしまったのは自分が悪いって思いこんでしまう傾向があるみたいなんだわ。
もちろん、過去の何らかの積み重ねによって妊娠しにくい状態になったとかいう経歴がある場合もあり得るだろうけれど、そのあたりはこの話には関係ない。
それより、「妊娠・出産を望んでいるけれど、それでもできない」ことについて、それを自分が悪いからだ、とかいうふうに考えるのは、それは筋が違うと思うんだ。

そんな時の、私の伝え方
ってことで、私が、そうした不妊についての相談や愚痴を聞いたときは、次のように話すようにしてある。

まず最初に、悪い事から話をするよ。
あなたが不妊で悩んだり苦しんだりしているのは、あなたが望んでそうなったわけじゃないでしょ。でも、そうした不妊に関するプレッシャーってのは、特に女性が受けやすいし、たとえ男性側に原因があっても、不妊治療は女性の側に多く負担がかかってしまう。
でも、そうした妊娠するしないってのは、それは運としか言いようがないんだ。
たとえ妊娠したとしても、死産や流産の可能性だってあるし、生まれてきても何らかの障害を持っている場合だってある。でもそれだって、あなたが望んでそうしたわけじゃない。
だからこそ、どんなことがあっても、決して自分を責めないようにしてほしい。そうなってしまっているのは、仕方がないことなんだ。
ただ、あなたが、見ず知らずの私に、そうして話をしたのは、それだけあなたが必死になって取り組んでいるってこと、それはなぜかというと、それだけ旦那さんのことを愛しているってことだよね。
なので、旦那さんとも、しっかりと話し合って欲しい。二人で決めてやってきたことについては、後悔するようなことは何一つないはずだよ。この話し合いの中には、もちろん、不妊治療を打ち切るって事も含まれる。
繰り返しになるけれど、ともかく、自分を責めないこと。それは、あなたのせいじゃないんだから。
その上で、うまくいくといいね。
結果どうなったかとかは、私に伝える必要はないよ。それよりも夫婦としての生活を優先してね。

と、こんな感じだよ。

後日談・嬉しい知らせが
ってことで、後日談。
そうやって相談して回答した内容については、その後どうなったかについては、私は気にしないようにしているし、聞き出さないようにしている。
気にならないのか、と言われると、確かに気にはなるけれど、それは好奇心の範疇になるし、そもそも見ず知らずの、どこの誰だか解らない方から受けた相談でもあるから、こちらから問い合わせを行うこともできない。そもそも、私が後にどうなったかなどを知るのは、それは単に好奇心を満たす以外の何者でもないし、その人の人生に介入することになってもしまうから、(相談を受けた相手すべてにおいてもそうだけど)その後どうなったかなんてのは、あまり気にしていないんだわ。
そんな中、まず最初に相談を受けた方は、後にうまく妊娠し、順調に育っていることを生放送中で伝えてくれて、でも「私に伝えてくれるのは嬉しいけれど、私に伝えることそのものはどうでもいいから、身体を大切にしてね」って伝えた。
後に、出産3ヶ月くらいして、無事に生まれ、順調に育っていることを教えてくれた。
そして二人目の方なんだけれど、その方も、妊娠したことを教えてくれたものだから、同じように、今後どうなるか解らないのだし、報告してこなくてもいいこと、身体に気を配るよう伝えていたんだ。
それからしばらくして、またとある日の夜、生放送でコメントしてくれたんだけれど、そのとき、「あれ?そういや、そろそろ予定日なんじゃ?」なんて思ってたら、「今日出産しました」というコメントが!
いやもうびっくりしましたよほんと、ってか、私が生放送しているからってわざわざそう伝えてきてくれたことにもびっくり。

妊娠した、無事出産したってのは、それは実際のところ、ただの結果論に過ぎないし、私は単に受け答えをしただけなんだけれど、それでも、すごく嬉しかった。

私の子供が欲しいか?
さて、私はというと。
若い頃は、「子供の父親になってみたい、子供を育ててみたい」という理想はあった。
でも、後に考え方も変わっていき、悦子と出会った頃には、そうした意識は完全に無くなっていた。
悦子と出会った当初、悦子自身は、「しーちゃんの子供、産んであげられるよ」とか言って、実際悦子がそうし向けようとしたこともありはしたんだけれど、んでも今は、私も悦子も、二人の子供が欲しいという意識は無くなってる。
このあたりは、経済的な事情とは関係なく、純粋に私たちの年齢を考えてのことだし、そもそも悦子はすでに一人子供を育て終えているのだから、それで充分なんじゃないか、と思ってる。悦子の子供を養子に迎え入れる考え方はないよ。
私が母から継いだ中野の家計は、元禄時代から続く古いものではある。資産といっても、お墓と先祖の遺骨だけだし、血筋を残す云々という考え方もこれっぽっちもない。
悦子とは、一緒に暮らしたいという意識しか持っていないんだわ。
ただ、不妊や妊娠、子育てに関する考え方そのものは、以前からいろいろと学んでいたもんだから、その知識がほかの人に役だったのなら、それで私は充分かな。



ちと強烈なタイトルの本ではあるんだけれど、踏ん切りをつけたいときの為の役に立つかな、と思って。
うまくいくのが一番いんだけれどね、んでも、人間の体って、そう都合良くできてはいないもんだから。
それに、子供を産み育てることだけが幸せってわけじゃないからね。他人の幸せを素直に喜べるくらいの余裕は常に持っていて欲しいと思う。


ドウモ( ・∀・)っ旦
ってことで…記事の投稿をおろそかにしてしまい、ちと時期をはずした記事になってしまいますが…
先日、「生まれてはじめてうどんを打ってみた」って動画をアップし、この動画にも紹介しました。
今回は、その打った動画を食べる動画についての紹介と、裏話をいくつか…。

自作手打ちうどんを食べる

https://youtu.be/MJRd6yX2eZI
ってことで、実際に、打ってみたうどんを食べた動画が、こちらになる、の、ですが…
いやもうなんというか、買ったほうが安いね(´・ω・`)それを言っちゃおしまいよ、ってコメントになっちゃいますが。
まず、麺の太さが不揃い! 太いのもあれば細いのもあり、これ麺というよりも板だよね、なんてものもあったりで、ともかく大きさがまちまちなんですわ。
そして、食べ応えについてだけれど、コシが強すぎてつるつる食べる事ができないでやんの!
いやもう、よくかんで食べましょう、というコメントが似合ううどんなんて初めてですよこれ
動画内でも触れているように、鍋用のうどんとして使うのがいいんじゃないかってくらい、とてつもないコシでして…
まあ、はじめて打ったうどんだし、とりあえずうどんとして食べる事はできるものだという感じで納得はしているんですけどね、んでも、なんか違うと思う(´・ω・`)
なお、出汁は、希釈用めんつゆを温めて、そこに溶き卵を流したものでして、このつゆを使っての食べ方が私は大好きだったりします。
面倒くさかったら、釜揚げうどんでもいいんだけどね。

実はすでに2回目、3回目に挑戦済み!
さて、このブログを執筆している昨日と今日の2回にわけ、それぞれ再びうどん打ちに挑戦していました(゚∀゚)
その様子については、ニコ生にて配信しておりますので、いずれ動画としてまとめてみるつもりではいるのですが、再挑戦してみて、いくつか気がついたことがありました。
その最大のポイントは、打ち粉をケチってはいけないってことだったりします。
いや、なんというか、私、けっこう貧乏性なんで、打ち粉も少なくていいやって思っていたんですよ。んでも、たっぷり使わないと、うどんを切り分けた際にくっついてしまうことに2回目にやっと気がつきました、3回目の挑戦では、わりかし普通にうどんを楽しむことができたりしました。
それでも、なんというか…うどんって、買ったほうが安いよね(´・ω・`)
んでも自分で打ったうどんは、市販のうどんとはまた違った味でしたので、それはそれで満足していたりします、はい。


徳島には、「たらいうどん」と「なるとうどん」の、2つの独自のうどん文化がありまして、これはそのうちのなるとうどん版。鳴ちゅる、ってネーミングがされていますけれど、かなり独特なうどんだったりします。






ドウモ( ・∀・)っ旦
先週より、ひどく体調を崩してしまいまして、昨晩よりようやくある程度動けるようになってきました。
まだ体力は戻っていないから、身体をしっかりと動かすことは出来ないんだけれど、んでも思考力に関してはだいぶん良くなってる。
このあたりの事情については、いずれまたブログで書いてみるとして(そもそも、このところブログ全然書いてないもんね)。
今回は、その、体調を崩している時に考えていたことをちらっと整理してみよう、と、まあ、こういうわけ。

そもそも詩が好きな理由って?
さて。
私は、徳島現代詩協会の会員として、今でも一応活動はしているわけだけれど…とはいえ、詩そのものがこのところ全然書けていないわけなんだけどさ。
その、私が詩が好きな一番の理由の中には、ひとつの作品がともかく短いこと、ってのも含まれているんだわ。
一般的な詩でも、だいたい原稿用紙1枚程度のものが大半。でも、そこに書かれている言葉から想像できる世界が大好き!
しかも、ひとくちに詩といっても、様々な表現法がある。中には、一冊の詩集の中に書かれているその詩のすべてが全く違う表現法を用いられている、なんてものもあったりする。
また、アンソロジーの中には、1冊の詩集の中に、数多くの詩人や詩作家がそれぞれ違う作品を掲載していて、そのいずれもが趣のあるものばかりだったり。
しかも、そうした作品は、いずれも、読むのに数分もかからない程度。たった数分で、ひとつの世界を堪能できるなんてのは、文芸の分野においても、あまり類を見ないんだよ。
また、短歌や俳句のような、いわゆる言葉遊びの要素もあまり含まれていないのも魅力ではあるんだけれど、この表現については、短歌や俳句の愛好家に誤解を与えそうだなあ。

サイト「小説家になろう」を見始めました
さてさて。
そんな私だけれど、最近になって、「小説家になろう」というサイトを通じて、小説を読むようになってる。
そもそものきっかけは、ここ数年アニメ化されている小説が、もともとは「小説家になろう」という投稿サイトを発表の場にしていたってのを知っていたからなんだけれど、それまで私はそのサイトを見ること自体なかったんだ。
それが、気まぐれで、アニメ「異世界食堂」の元となっている小説「異世界食堂」を、このサイトを通じて読んでみたんだが…まだ全部読んではいないんだけれど、これがともかく面白い!
出版されている内容、そしてアニメ化されている内容と、微妙に設定は違うんだけれど、それぞれが独立したひとつの短編として読み進めることができ、飽きがこないんだわ。
なので、数十話を一気に読んでしまったり(´・ω・`)
んでも、こうして、娯楽作品ではあるけれど久しぶりに小説を読むことができたってのは、私にとっては嬉しかったりする。

サイト「小説家になろう」を読んで正直思ったこと
その他、連載されている小説を色々と見ていったんだけれど、ひとつ思ったことがあるんだわ。
私は、今まで、小説といえば、本を購入して、一気に読み進める、という方法を取っていて、それが当たり前だと考えていたんだわ。
ところが。
「小説家になろう」に投稿されている小説の中には、1話あたり原稿用紙数枚程度のものがあって、それを短い期間で連投している、という方式で執筆しているものもある。
つまり、投稿する原稿の量を短くし、代わりに投稿サイクルを同じく短くするという投稿方式を採用している人がおり、むしろそうした投稿方式の小説も、他の投稿方式の小説と同じように人気があるってことなんだ。
一方、投稿されている小説そのものについては、文章表現について違和感を覚えるものも少なくはないんだ。心理描写や風景描写がほとんどなく、ただ単に物事だけが進んでいくだけって感じで。
それが悪い、といってるわけじゃない。むしろ読みやすさとしてはそういう方法もありだし、そもそも私の記憶特性として、そうした物事の流れでのみ記憶力が発揮される、なんてのもあるもんだから、「読み飛ばす」という読書法を行うにはちょうどいいかな、と思っていたりもするんだわ。
そして、もうひとつ思ったこと。
それは、そうした、他の方々の執筆方法そのものを参考にすれば、私でも何かできるのかも知れない、ってことなんだわ。

一気に執筆するのでなく、できたときにアップして…
実のところ、以前も、小説を書こうとして挫折したことがある。
その最大の原因ってのは、続かないことであることは間違いないんだけれど、なぜ続かないかというと、「区切る」ことが苦手なんだわ。
なので、出来事ごとに短く「区切る」ことを心がけて執筆してみたら、なんとかなるんじゃないかなあ、なんて思っていたりもするわけ。
そもそも、どんな小説を書いてみたいかってのは、大昔から頭の中にあったし、そのアイデアについては、現在でも私が知る限りでは似たような設定みたいなのは確認できてない(まあ私が知らないだけなんだろけど)。
そんな感じで、まずその考えている小説の世界観じみたことを、それぞれショートストーリーとして書き上げてみればいいかな、なんて考えているわけ。
もっとも、そんなことやる暇があるなら、詩のひとつくらい書けよと言われそうだけど…。
それに、執筆しようとすると、あれも書きたいこれも書きたいとかいう感じで色々と詰め込みすぎてしまって挫折した、なんてのもあったから、必要以上の要素を排除する短編小説をいくつも書いて、それで腕を磨いていくのがいいと思うんだよね。
もっとも、実際に投稿したとして、どれだけ受け入れてもらえるかはわかんないけど。
それに、小説を投稿するのはいいとしよう。動画の投稿や、このブログの執筆も停滞しているのに、小説にまで手を出すのあんた?って言われかねないよなあ…。

ってことで…
まあ、こういう風に考えてみた、ということを、こうしてブログとしてまとめてみた、ただの、何の意味もない雑記として記事を書いたわけだけれど、んでも、今まで何度も挫折したことに再び挑戦してみるのも、別に悪い事じゃないとは思ってる。
だけど、それを実際に行うのは、まだ先だろうね。だって、やらなきゃいかんこと一杯抱えてるから。それらをまず片付けておいて、それからって感じだね。
ま、肩肘張らずに、焦らず急がず、できるときに少しずつやっていきましょ。





ドウモ( ・∀・)っ旦
このところ毎日徳島は寒い時期が続いております。スクーターでの移動がきついのなんの。
まあ、そんな話はさておき…
麺類がとくに好きな私ではありますが、今までうどんをちゃんと打ったことがなかったりします。
実のところ、今まで2度挑戦したことはあるんだけれど、うまくまとまらずことごとく失敗(´・ω・`)
んでも、三度目の正直ということで、うどん打ちを初挑戦し、それを動画にしてみました。

うどんを打ってみた
ってことで、その動画が、こちら。

https://youtu.be/nUomLkewKog

食べる動画は、また別に撮影していますので、そちらについてはまた別の記事で。

動画の裏話でも…
動画内でも述べているように、うどんを伸ばす為の麺棒を用意してなかったりする(´・ω・`)
そもそもうどんが好きだし、この小麦粉はうどん用と書いてあるし、んじゃ私でも説明書通り作ればうまくいくだろう程度に考えて購入したんだけれど、でも、その麺棒を入手しておくことが頭の中からすっかり抜け落ちていました。
なので、動画内でコップを麺棒代わりに使用したのは、本当にアドリブだったりします。コップのガラスが薄いものだと確実に割れるだろうけれど、このコップなら厚みもあるし、ある程度の加重にも耐えられるだろうと思って。
んで、実際にやってみると、何とかなった。
また、包丁で麺を切るときも、恐る恐る切っているもんだから、ああやって慎重になりすぎていたりします。終盤では、押し切りしていいと解ったもんだから、一気に切り落とすようにしたんですけどね。
まあ、初めてうどんを、それも誰にも教わること無く作って、あの出来だったら、まあいいんじゃないかな、と思ってたりします、はい。




うどんのうーやん
岡田 よしたか
ブロンズ新社
2012-08-01





ドウモ( ・∀・)っ旦
私と万年筆との付き合いは案外長く、私が記憶を失った23歳以前から。おそらく20歳ごろからなんじゃないかなあ。
偶然にも、記憶を失う前からお付き合いさせていただいてた小村さんのサポートもあり、筆記具を通して物の価値ってのが解るようになったって感じ。
もっとも、その小村さんが他界して以降、万年筆は、プレピーを2本購入したこと以外は一切買ってない。今使用しているデュオフォールドに強い思い入れもあるし、それに実用的な筆記具は一通り手に入れているもんだから、それ以上必要ないよね、って思ってる。
正直言えばコレクションしたいって気もありはするんだけれど、んでも私の場合は、見た目もそうだけれど、重量感や書き心地などを最優先しているから、結果的に、今保有している万年筆で充分満足してる。
ボールペンは、また別だけどね。昨年も1本、実用的なものを買い足したし、先日新たに1本、ずいぶん前に購入していたのを気分転換兼ねて下ろしてみた。
んで、その万年筆を使用する為に必要なのは、もちろんインク。特にボトルインクについては、所有する万年筆以上に保有してたりするんだが(といっても、20個くらい?正確に数えてない)、んでも保存状態が悪いと、ドライアップ、つまりインクが乾燥して干上がってしまい、使えなくなってしまうんだわ。

ドライアップしたPARKER・PENMAN

で、まあ、先日、気分転換兼ねて、ボトルインクの状態を確認していたんだけれど、私が万年筆を購入するようになった頃に手に入れたボトルインクが出てきた。
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それが、この2本。PARKER・PENMANのサファイアブルーとルビーレッドの2本。
画像じゃ解りにくいんだけれど、写真右側、ルビーレッドは、特にドライアップすることなく問題なしって感じだった。んでもある程度水分が蒸発して、少し色が濃くなっているかもしれない。
問題なのは、画像右側のサファイアブルーで、こちらは完全に干上がってしまっており、使いものにならない状態。
そりゃまあ、使わなくなって15年は放置していたわけだし、干上がってしまっても仕方がないよね、んじゃあもう使えないか、と思っていたんだが…

小村さんから教わった秘技!
そのときになって、小村さんから教えてもらっていたことを思い出した。
いわゆる文豪と呼ばれている人達は、万年筆を使うのはいいけれど、そのインクを購入するための資金を得るのも難しいくらい貧しかったそうだ。
そんな人達が、インクをどのように使っていたかというと…なんと、水で薄めてかさ増ししていたとか!
その話を聞いた後、小村さんを経由したまた別の方から、水増しする程度なら浄水とかじゃなく普通に水道水でOK、とかいう話も思い出したもんだから…

水を入れたら、あっさり復活?!
実際に、水を入れてみたら、ほんとうにあっさりと復活しやがった(゚∀゚)
DSC_0102
ついでだから、当時実際にそのインクを使用していたLAMY・サファリ万年筆を引っ張り出してきてインクをコンバータで吸わせて、書いてみた結果がこちら。
水を入れた量がやや多かったせいもあり、思い出補正もあるがやや薄くなっているとは思う。んでも発色は抜群にいいかな、って感じだね。
某所からは、「魔物を復活させるな」とかいうコメントを頂いたりもしていたけど。
その、干上がってインクの成分が固着していたわけだし、ただ水を入れるだけじゃ復活しないんじゃないかと思ってたんだけれど、水を入れただけで、たいして工夫することもなく、そのインクの成分が沈殿しているとかそんなことは一切なく、あっさりと、ほぼ当時の鮮明な色が復活したもんで、ちと拍子抜けだったりする。

このインクの余談
さてさて。ちとこのインクにまつわる話を少しばかり。
PARKER社のインクはそのブランドとしてQuinkってのを昔から使用しているんだけれど、それが20年ほど前まで、インクの高級ブランドとしてPenmanってのを出していたんだ。
当時のQuinkのボトルインクが、記憶違いでなければ600円、それに対してPenmanのボトルインクが800円だったと思う。もう少し高かったっけか?
ボトルインクだけじゃなく、ボールペンインクも、QuinkとPenmanの2つが用意されていた。
それが、PARKER社そのものが売却され、合理化の流れでPenmanブランドが消滅。一時、ブラックインクだけ復活したことはあるんだけれど、現在では販売されていない。
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この空っぽのボトルインクは、復刻したPenmanのボトルインク。当時のボトルインクが底が円形だったのに対し、復刻したボトルインクは楕円形だった。
なので、現状、Penmanインクが、それも新品で、最高の状態で手に入ることはないと思うし、現状では確かにレアなインクとなっているんだけれど…
んでも、今は、特に国内メーカーが多種多様なインクを出しているし、むしろそっちのほうが発色がいいのかも知れない。顔料インクも出てきているからね。
ちなみに、同じブルー系のインクなら、手元にペリカンのブルーもあるんだけれど、こっちはなんか好みじゃないかなあ。


余と万年筆
夏目 漱石
2012-09-13


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