大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

ドウモ( ・∀・)っ旦
ブログ記事は、メインPCだけでなく、タブレットPCでも執筆してたりします。
タブレットPCは、8インチのAndroid端末。こちらにATOKもインストールしているから、日本語入力環境はほぼ同じ。そのタブレットPCにキーボードとマウスを接続して使用している、とまあ、こういうわけ。
もっとも、メインPCと全く同じ環境でブログを執筆できるわけではなく、微妙に不便さはあるんだけれど、それでも、ただ単に文章を書くだけだったら、特に不便はなかったりします。
最近では、このタブレットPCをどのように使うかについて、色々と悩んでいたりもしますけれど、まあそれはさておき。

生放送中で受けた相談
さて、ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を受けることがある。その相談内容も様々なんだけれど、そんな中、とある会社のお偉いさんから、とある相談を受けたんだ。
採用した従業員は、診断を受けたわけではないんだけれど、発達障害の可能性があり、うまく業務をこなすことができない。どのようにすればいいのだろうか。
この相談を受けたときは、実のところ、現在のように発達障害と、それに関連するであろう様々な情報を掴んでいる状態ではなかった。その上で、次の事を伝えている。
  • 発達障害の診断を受けるよう会社から促すのは、会社とその従業員との信頼関係を構築してからのほうがいい
  • その従業員が、どのようにすればうまく業務をこなせるようになるのか、一緒に考えること
  • 実際に発達障害と診断された場合は、様々な福祉サービスを利用することができるので、会社としても積極的に取り入れるよう
現在の私が同じ相談を受けたら、当時よりさらに知識を得ている私であっても、同じ回答をしている。ただ、もっと細かいところを伝えていたのかもしれないけれどね。
また、それでもうまくいかない場合は、最悪、その従業員を切り捨てることも考えなければならない、というところまで伝えてある。これは会社としての利益を守るためでもあるし、また、その従業員にとっても、残酷な表現ではあるけれど有効だからなんだわ。
その後、どのようになったのかについては、私は知らないし、知る必要もないと思う。でも、双方にとっていい方向に進んでいるんじゃないかなと思っていたりもします。

アスペルガー者への仕事の指示の方法
さてさて。
自閉症スペクトラム障害、つまり自閉症やアスペルガー症候群の人へ、何らかの仕事を行わせる場合、これは健常者よりも、伝え方を工夫しなければならない。
これは、仕事のみならず、私生活についても同じ事が言えるわけだけれど、ともあれ、健常者側が、アスペルガー者に対して指示を行う場合、次のことを心がけて欲しい。
  1. あいまいな表現を避ける
  2. 指示は細かく行う
  3. 業務は細分化させひとつの業務だけに集中させる
  4. その仕事は何のためにあるのか理解させる
とりあえずは、この4点だ。
もちろん、個人差もあるんだけれど、大ざっぱに、この4つを心がけてくれるといいと思う。

あいまいな表現を避ける
自閉症スペクトラム障害の特性を持つものは、あいまいな表現、あやふやな表現を理解しづらい傾向がある。もちろん私もだよ。
たとえば、「適当にやっておけばいいから」という表現。この「適当」というのが、どのような状態なのか、自分たちは理解しづらいんだわ。
それよりも、コンピュータプログラムのように、きっちりと事細かく指示を出したほうがいい。
また、「適当」という表現をできるだけ用いず、「誤差」という表現が使える場合であれば誤差がどれくらいまでという感じで伝えると解りやすい。
その他、「もう少ししたらできる」という表現の、「もう少し」という表現も、その「もう少し」が、どれくらいの時間なのか判断がつかないんだ。なので、「あと5分くらいかなあ」って感じに、おおまかな目安を伝えてくれると安心できるし理解もできる、とまあ、こういうわけ。

指示は細かく行う
次に、指示の出し方についてだけれど、これも工夫が必要になってくるんだ。
「この仕事やっといてね」という感じで、普段なら指示を出して特に問題はないと思いがち。
でも、ただ単に「この仕事やっといてね」だけだと、その作業を終了させた後どのようにすればいいのかが伝わっていないので、その仕事が終わったあと、その指示を受けた者は事実上手持ちぶさたになってしまう可能性があるし、その他、色々と戸惑うことにもつながりかねないんだ。
なので、「この仕事を、○時までに仕上げて、仕上がったら一緒に確認するから声をかけて。解らないことがあったら○○さんに聞いてみてね。何かあったら私に相談しにきてもいいからね。」とかいう感じで、できるだけ細かく指示を出してあげたほうがいいんだ。
これは私自身の体験談になるんだけれど、とあるIT関係の訓練を受けていたことがあったんだ。
その訓練の場で、私は、全部、独学でやってのけた。資料も潤沢にあるし、自力で覚えることができるから。
ところが、だ。
私の隣に指導員がいて、その指導員に色々と相談しながら学習を進めるべきだった、でも何も相談しないから指導員が手持ちぶさたになってしまっていた、というのを聞かされた。そのときになってはじめて、「この人に聞いてよかったんだ」ということを理解した。つまり、誰かに聞いてもいい、ということを私は知らなかったし、気がつかなかった、ということになる。
そもそも、そうして「質問していい」という事を知らされていなかったものだから、質問するという手段があること自体気がつかなかったってわけ。
ただ、この場合、私自身が独学で学習できるだけの理解力があったのも原因ではあるんだけれど、その上で、そうして、「○○してもいい」ということを伝えておかなければ、そうした選択肢を思いつくことすらない、ってわけ。

業務は細分化させひとつの業務だけに集中させる
この項目は、「そんなもの当たり前でしょ」なんて思われるかもしれないけれど、これがけこう難しいんだわ。
たとえば、「これ、○○まで持って行って」という指示を出したとする。その上で、「あ、ついでにこれも」と指示を出した瞬間、混乱してしまうんだわ
上記の例は、きわめて単純な仕事だし、ついでの仕事を頼むってのも、特に珍しくはないはずだ。でも、こうした単純なことを追加するだけでも、非常に混乱してしまうってわけ。
なので、ひとつの業務を行わせているあいだは、できるだけその業務にだけ集中させ、追加で業務を与えないようにし向けたほうがいい。
あるいは、細かくミーティングを行い、作業の進展具合を確認しながら、どのようにすればいいのかを伝えていく、というのも有効な手段でもある。
さらに、行わせたい業務は、できればポストイットメモで書いて、それを渡すようにしておく、なんて手もある。
その他、様々な細かな工夫が必要になってくるんだけれど、ともあれ、そうして、今行っている、あるいは行わせようとしていること以外のことは伝えないこと、もし伝えなければならない場合は、メモあるいはメールなどの、文章で指示を出すようにすれば理解しやすくなる。

その仕事は何のためにあるのか理解させる
自分が行っている仕事は、いったい何の為のものなのか。それを理解できているかどうかで、生産性は格段に向上するんじゃないかな。
特に、アスペルガー者は、今行っている仕事が何の為のものなのか、それを理解できなければ、うまく動くことができない場合もあるんだわ。
これは、「あいまいな指示を避ける」という話にも関連していることで、その「目的」が何なのか理解できていない場合、なぜこの仕事を行う必要があるのかが解らい、これはモチベーションの低下にもつながってしまうことでもあるんだ。
要するに、その仕事の意義や意味を理解させる必要がある、ってわけ。
「とりあえずこれやっとけばいい」という感じで仕事をする、という感覚にはなかなかならないんだわ。

さらに大切なこと
とまあ、このように、4つの項目をざっと挙げてみたけれど、もちろん他にも様々な要素がある。
そして、もっとも大切なこと。
よく、仕事においては、「ホウレンソウ」が大切だと言われているよね。この場合の「ホウレンソウ」とは、「報告」「連絡」「相談」の、この3つのことなんだけれど、実はこのホウレンソウ、けっこう勘違いしている人が多い
このホウレンソウ、「部下は上司に対してホウレンソウを行うよう」なんてニュアンスで捉えているんじゃないかな。
ところが。これ、大きな間違いなんだ。
そもそも、「ホウレンソウ」を提唱した人は、「部下が上司にホウレンソウをしやすいよう環境を整えよう」としている。つまり、そうして、「報告」「連絡」「相談」をしやすくできるよう、上司は部下に配慮する責務がある、というわけだ。
そもそも、上司は部下を育てる責務があるわけだけれど、部下が発達障害者であるならなおさら、うまく業務を進行できるようにするために、その部下にある一定の配慮ができるよう取りはからう必要がある。
こうした配慮は、部下が発達障害者だからとかそういう感じではなく、部下ひとりひとりに、それぞれ違う配慮が必要になってくる。そしてそれは、「7つの習慣」でいうところの「信頼貯金」につながっていくんだ。
また、その上司本人がそれがうまくてきなくとも、ジョブコーチという制度があるので、そちらを頼ってみるのもいいんじゃないかな。

ところで。
ここまで、アスペルガー者に対しての、業務に関する伝え方について書いてきたけれど、これら項目を見て、違和感を感じた人もいるんじゃないかな。
と、いうのも、これらは、別に発達障害者相手ではなくとも、当たり前のことばかりだから
ところが、健常者の場合、細かく指示を出さなくとも、いわゆる「察する」ことで業務を遂行することができる。でも、アスペルガー者は、自分で判断できる要素が少ない場合、何をどうすればいいのか戸惑ってしまうし、あるいは、これまでの経験から、実際に業務で望むこと以外のことをやってしまう可能性もある。
それを避けるためにも、指示は細かくしたほうがいい。
中には、「それくらい自分で考えてやれ」なんて言う人もいるんだけれど、個人的には、そういう伝え方しかできない人は、部下が健常者だろうと発達障害者だろうと、人に指示する立場についてはいけないと思っているんだけどね。それは人に何かを伝える方法としては、やってはいけないことだと思うんだ。それよりも、一緒に考えよう、という感じで親身になってやれる人は、それだけ信頼関係も厚くなるんじゃないかな。







ドウモ( ・∀・)っ旦
発達障害と診断されて、ようやく3年が過ぎようとしている私ではあります。
診断されてしばらくは、「発達障害?何それおいしい?」って感じで、特に何も考えなかったんだけれど、数多くの医療関係者や福祉関係者さん達と関わっていくことで、それがいかに厳しい状況なのかを自覚していった次第。
今でも、発達障害に関する資料を読み解いていくと、絶望感しか出てこない、ってのが正直な感想ではあるんだけれど、それでも、自分自身のことだし、それに、私以外にも発達障害で悩んでいる方も多くいらっしゃるのだから、そうした方々への助力にもなれれば、なんて思っていたりもします。
特に私の場合、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群)及びADHD、さらに思考特性も変わっているとのこと。さらにIQが平均値以上だとのことなんだけれど、このIQの高さが、かえって生きづらくなっているそうだ。
そんなこと言われてもなあ。

基本的に標準語を話してます
さてさて。
私の普段の話し言葉は、生まれも育ちも徳島であるにも関わらず標準語です。
これは、私が記憶を失った23歳の頃に、「これから色々な人と話す機会が多くなるのだから、阿波弁だと、徳島県人以外には通じない、なら、いろんな人とふつうに会話できるようになるためにも標準語を話そう」と決め、独学で話し言葉を練習していった、って経緯があるからだったりします。
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当時は、車で移動中はラジオを聴いていたり、また、実際に標準語でしゃべる練習を単独で行っていたりしました。
発音に間してはまだ微妙なところはあるみたいだけれど、んでも、徳島県人に、「あなたいったいどこの生まれですか」と聞かれることも多々あり、私が徳島生まれの徳島育ちだと伝えると、かなりびっくりされていたりもします。
一方、うちの家族とは、阿波弁で話すことのほうが多い。つまり、私の阿波弁は、私の家族以外には使うことがない、ということになるんです。

悦子と話すのも標準語!
そして、婚約者の悦子に対しても同じく。
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彼女と出会った当初から、現在でも、私は悦子には標準語で話しかけていて、よく悦子は、「阿波弁が私にうつらない」とかぼやいていたりもします。
もっとも、私の母親の阿波弁が少しうつっているようですが。たまに「いけるいける(大丈夫、おいしいの意味)」が飛び出していたり。
また、私自身も、まれに悦子の広島弁が意識せず出てくることがありますが、私がそうして無意識に使う広島弁は、ごくわずかです。
だいたい、広島弁、よくわからん(´・ω・`)
「たいぎー」とか「たわん」とか、いまでも言われても意味を思い出すまでタイムラグがあったりします、はい。

阿波弁はむしろは話せない?
そんな悦子との会話だけれど、悦子は、私に、よく阿波弁を使うよう伝えてくるんだけれど、実はこれがかなり難しい。
と、いうのも、確かに私の家族とは、自然に阿波弁で喋ることはあります(もっとも、そもそも家族と会う機会そのものが少ないのだけど)。
だけど、そう言われて、いざ阿波弁を話そうとしても、標準語を阿波弁に変換する作業みたいなのを頭の中でやってしまって、うまく話すことができないんですね。なんか、阿波弁で話すのが抵抗があるというかなんというか。
思考力が低下している時には、ふと阿波弁で話をしていることはあるものの、普段は、阿波弁を話すのに、強烈な抵抗があったりするわけです。

アスペルガー者は標準語で喋る特徴が?!
ってことで、ここで1冊の本を紹介。
僕がこの病気を乗りこえてきてわかったこと ~コミックエッセイ アスペルガー症候群との上手なつきあい方入門
西脇 俊二
宝島社
2015-03-20

この書籍では、アスペルガー症候群を抱えている方の思考傾向や、実際にアスペルガー者の方に、どのような工夫や訓練があるかなどが優しく解説されているのですが。
この書籍にも、しっかりと、「生まれ育った家族以外には標準語で話す」ことが書かれていたりします。
この書籍に書かれている部分を見て、「いや私成人してから自分で標準語を話す訓練したんだけれど」なんて思ったんだけれど、特に自閉症系統の障害を抱えている人は、標準語を話す傾向があるんだとか。
それも、恋人、あるいは結婚したあとも、そうして標準語を話す傾向があるようでして。
おもいっきり私のことやんけ(´・ω・`)
悦子とは、いまだに、標準語で話をしていますし、付き合いだした当初は他人行儀だとかなんとか、そんなこと言われたような記憶もあるんだけれど、ともかく、現在でも、相変わらず、悦子に対しても、ほぼ標準語(たまに広島弁)で話すようになっております、はい。

悦子に対してだけのしゃべり方がある?
ただ、前述のように、悦子と話をしているときだけは、ごくまれに、悦子が使っていた広島弁が出ることがあります。
もちろん、広島弁を使うことそのものは意識していないですし、それに、悦子とは、今でも阿波弁で話すことができない。
んでも、こうして、悦子と話をしているときだけ、たまに広島弁が出るってことは、悦子に対してだけの話し方を私が無意識のうちに行っているんじゃないかな、と思うわけ。

付き合いだした当初から色々あったし、それに私が発達障害だと解ったのは、悦子と出会って1年が過ぎたころ。
今でも、悦子がわざわざ私のところまで来てくれていたり、それにほぼ毎日、何らかの形で連絡を取り合っていたりして、いい付き合いをしてくれていると思う。
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悦子が私と別れると決めたらそれまでだと私は思っているんだけど、その上で、今でも私と付き合ってくれているんだから、すごいもんだよ。
もっとも、悦子の気苦労ってのは、計り知れないとも思う。
発達障害の夫を持つ妻の立場から、いろんな苦労話を聞いているし、(医学的にはそのような症例は無いとされているけれど)カサンドラ症候群になる可能性だってあり得る。
現在でも発達障害の勉強を続けているのは、可能な限り、付き合う上での悦子の負担を減らしたいからなんだけれど、うまくいっていないところも多いと正直思っていたりもするんだわ。
それに、私だって何もできないわけじゃない。悦子にできるだけ配慮するよう心がけているつもりだけれど、それでもうまくいっているとは言い難いと思う。
私と悦子、違うところだらけで、同じところがこれっぽっちもない。んでも、うまく付き合い続けられるのも悦子のおかげです、はい。

今後も、悦子に、阿波弁で話しかけることは、かなり難しいと思う。んでもまあ、悦子に対してだけの話し方がある、ってのに気がついたってのは、案外大きなポイントなのかもしれないね。



ドウモ( ・∀・)っ旦
発達障害関係の資料を読み進めるごとに、「ああ、やっぱり私は健常者ではないんだな」とかいう感じで絶望感に襲われてしまっております。
発達障害は、脳の先天性の障害なので、病気のように「回復する」という概念がなく、むしろ障害がある状態が、自分にとっては正常なものだから、その正常な状態が「改善する」なんてことは医学的にはあり得ない。
そこで、精神学的なアプローチ、つまり考え方を変える(実際には、脳の中の前頭葉の状態を変更してやる、ということになるかな?)ことで少しはマシになるよう仕向けているんだけれど、それでも、健常者と同じ状態になることはあり得ないってわけ。
なので、いわゆる人並みの生活を送る事は、もともとできないんだなあ、なんて思っていたりもします。
それでも、何も出来ないわけじゃないんだけどね。

悦子が見る夢は…
ところで。
私の婚約者である悦子とは、遠距離恋愛中ではあるものの、インターネットなどの通信網が整備されているおかげで、毎日頻繁に連絡を取ることができている。
もっとも、私からは積極的には連絡をしていないところが、このあたりが自閉症スペクトラム障害の特性なのかな、などと思ってしまうんだけれど…。
そんな他愛のない話の中で、悦子は、時折、見た夢の内容を話すことがある。それも、私と仲違いしていたり、私が不倫していたり、私が悦子にとって嫌なことをやっていたりと、ともかく、私が、悦子が嫌がることをしている内容の夢が多いらしく、むしろいい内容の夢を見た、なんて話は、聴いた事がない。
もっとも、夢は夢だし、現実的なものではないんだけれどね。
まあ、中には、私との関係を続ける上で重要なのかも知れない不思議な夢を見た事もあったそうで、実際にその夢の内容に従って行動してみると、悦子が驚いたこがあったりする。このあたりの話も、機会があればいずれブログで紹介するとして。
その、夢の中で私が登場するだけでなく、すでに亡くなっている両親が登場したりと、ともかく、悦子にとって身近な人物が夢に出てくる、ということなのだそうだ。

私が見る夢は…?
一方、私は、夢を見る機会そのものがあまりない。気がついたら翌朝、目覚ましが鳴っている、という場合が多いね。
んでも、たま~に夢を見ることはある。
それも、実際には無いアニメや特撮ヒーローの番組を見ていたり、あるいはその主人公になっていたり。
また、車を運転している夢の場合は、その車の運転もかなりむちゃくちゃだったり。
まあ、夢は夢なのだから、その内容がいい加減であることは当然なんだけれど、そんな折。
とまあ、上記のツィート内容のような夢をふと見たりして、ここでふと思ったんだわ。
私の身内が夢に出てきたことって、ほとんどない。
むしろ、現実の生活の内容が夢に出てくることもほとんどないし、それに、悦子も夢に出てきたことは今まで一度もないんだわ。そのうち出てくるかもだけれど。

私の親の場合
ちなみに、私の母親の場合だと、母が幼い頃住んでいた家で、母の両親と、そして何故かその家があった時代には生まれてもいない、飼っていた2匹の犬のうちの1匹が登場して、「あんた死んだんじゃなかったの?」とか言ってた、とかいう話を、悦子と一緒にいた時にしていた。
うちの親は、そうして家族や親族の夢を見ることがあるようなんだが…
まあ、私も、一度だけ、その飼っていた犬達のうちもう1匹が出てきたことがあったと記憶しているんだけれど。
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↑こいつ。んでも、本当にうちの犬だったかどうかは、なんか自信がなかったりするんだけれどね。

自閉症の見る夢は…?
そんなこんなで、その天皇陛下が登場する夢を見たそのあと、ふと思ったんだわ。
もしかして、自閉症の特性を持つ者は、そうして家族や親族の夢を見ることは稀なんじゃないのかな、って。
自閉症、自閉症スペクトラム障害、アスペルガー症候群と、名称は色々あるんだけれど、そもそもその特性を持つ者は、興味を持つ対象が非常に限定されている。
私の場合は、特に人間に対して興味を持つことが出来ず、その結果、現在でも、人の顔と名前を覚えるのが非常に苦手。しかも、家族の誕生日すら覚えることができない。悦子の誕生日も、誕生日とは違う簡単な数字でのみ記憶していて、誕生日がいつかは、その数字から割り出さないといけないんだわ。つまり、何年何月何日、という覚え方をしていない、ってわけ。
そうした、他者に対する関心の無さってのが、夢の内容にも反映されているのではないか、と、ふと思ったんだわ。
もちろん、自閉症系統の特性も人それぞれ色々あるわけで、すべての自閉症の人がそうだ、なんてことは言ってはいないよ。それに、これは自分自身の経験を話しているだけだから。
その上で、様々な書籍や資料、自分自身の経験を照らし合わせると、見る夢にも影響が出ているんじゃないのかな、と、まあ、そんなことを思っただけの話です、はい。


私が発達障害と診断されて直近に購入した書籍のひとつ。
この本を読んで、私がいかに普通じゃないのかを自覚させられたって感じです。









どうも(*・ω・)ノ
このところ毎日強烈な眠気に襲われている私。暖かくなってきたからなのかねえ。
そんな中、とある用事が片付き、ほぼ私の手から離れたこともあって、そうしたストレスから解放されたためなのか、かなりほっとしてます。
その一方、それでもストレスはかなり溜まっておりまして、その解消法を模索していたりもします。
特に、夕方以降は、何をしていいのかよくわからなくなってしまい、結局、早めに就寝するよう心がけているんだけれど、それでも、日中は、ともかく眠いです。

ぼちぼち釣りを本格的に?
さてさて。
これまでも、一応、釣り動画をいくつかアップロードしていた私ではあるんだけれど、徳島での釣りの動画をアップしている人って、あまりいないと思っていたんだわ。
ところが。
この動画を投稿している方は、どうも鳴門の里浦海岸を主な活動の場にされているらしく、その方の動画を閲覧してから、久しぶりに釣りをしよう、ということで、これまで何度か、ニコ生で生放送しながらではあるものの釣りを楽しんではおりました。
釣果については、

https://youtu.be/sxlnoguTTKI
上記の動画のように、ボラを1匹釣ったくらいでして。
その後に同じ場所で釣りをしていて、ルアーを2つロスト(´・ω・`)
んでもまあ、久しぶりに、まだルアー釣りのことはよくわかってはいない状態だけれど、気分転換にはなってはいたりします。
さてさて。

現在の釣りに関する考え
そもそも、釣りについては、もともと、さびき釣りが初めての釣り。現在でも、私は、さびき釣りがメインだと考えているんだけれど、でも、私の手元には、さまざまな釣り具があったりする。
それも、ルアーに関しては、もともと、餌を購入するために釣具店に行く必要なく思いついたときにすぐ出発できるから、という理由で始めるようにした、のはいいんだけど、まだ数えるほどしか行っていないんだよね。
以前、
というブログ記事および動画を投稿しているけれど、この動画を投稿した、つまり福袋を購入したのが2013年。以降、シーバス用の、ミノーなどのルアーは一切購入していない。メタルジグはいくつか買ったけれどね。
で、できるだけお金を使わない、つまり衝動買いをしないことにして(発達障害者は思いつきで衝動買いしまくる傾向があるんでかなり気を付けてる)、その福袋に入っている道具のみで釣りをするよう心がけている。
正直言えば、PEラインが、現在は1.5号なので、それを0.8号に変更したいとは思ってはいるんだけど。
ともあれ、当面は、手持ちの道具のみでなるべく楽しむ、ってことを主軸に置くようにしているわけ。
実際、十年以上前に購入したまんまのソフトルアーで、先日、小型ながらメバル釣り上げているんだし、最新の商品のほうが釣れやすいのかもしれないけれど、でも、釣れないわけじゃないからね。

ひとつの釣り動画の企画
とまあ、そんな感じで、手持ちの道具のみで当面は釣りを楽しむことにしてはいるんだけれど、その上で、ひとつの動画シリーズのアイデアは思い浮かんでいるんだわ。
以前、生放送で、中学生だというリスナーさんが、これから釣りをするためにはどうすればいいか、って話を振られたんだわ。
その時は、予算これくらいかなあ、でも詳しくは釣具店に相談してみてね、って話をして終わったんだけれど…
その上で。
では、私が、実際に、手ごろな価格のタックル(要するに、釣り具セット)で、いかに様々な釣りを楽しむか、って動画を作ってみてもいいんじゃないかな、と思っているんだわ。
予算も、初期投資で、たぶん3千円以内。この予算で、ロッドとリールをまず購入し、そしてそのタックルで、さまざまな釣りを楽しむ動画を作ってみるのはどうかな、って考えているってわけ。
そもそも、私は、釣りに関しては、確かにサビキ釣りに関しては、ある一定の腕前があると自負しているけれど、それ以外の釣りに関しては、まったくの素人。
それに、釣りは、手探り状態で適当に楽しんでいるもんだから、玄人ばりの解説なんてひとつもできない。
それを踏まえて、子供でも出せる程度の予算で釣り具セットを購入し、それでいろんな釣り、それも、チョイ投げやみゃく釣り、サビキも当然として、ルアーも楽しんでみるのはどうだろうか、って考えているんだわ。
実際、そうして予算を絞っての釣りを楽しむって動画は、youTube、ニコニコ動画ともに少ないと思うし、でも私は具体的な解説なんてできるわけでもなし。
んでも、釣りを楽しむくらいならできるから、そういう動画を作ることはできないかな、って考えている、とまあ、こういうわけ。
もっとも、このところ、動画投稿そのものもおもいっきりサボっているし、撮影機材もスマホとタブレットのみ。なので、映像については、お察し、なんだけどね。
でもまあ、自分でできる範囲で、そういう動画を作ってみるのもいいんじゃないかな、って思っていたりするわけです、はい。
まだ考えているだけの段階なんだけれど、果たして、どうなることやら。




こういうセットも用意されていて、手軽でいいんだけどね。
私が見た感じ、かなり使い勝手もよさそうではあるんだけれど、んでもテレスコタイプだからなあ、なんて思ってたりする。
でもカーボンロッドでもあるし、仕舞寸法も、リュックに入る程度になっているから、こういうのが手軽でいいね。



ドウモ( ・∀・)っ旦
ニコ生で生放送をしていると、いろんな方から相談を受けたりする私。
相談を受ける時には、相手の立場に立った上で、その問題の原因や考え方、また違った視点からの状況の指摘を行うなどといった考え方の元で、ある一定のアドバイスは行ってたりします。
もちろん、解らないことは解らないと言うし、無責任な事も言わないようにしている。何しろ、場合によっては、相手の人生を狂わせてしまう可能性もあるから。
また、相談を受けた時には、過去の様々な事例を照らし合わせて問題の共通項を探っていたりして、頭の中がフル稼働してる状態になってたりもしてたりします。

不妊治療中の女性からの悩み
そうやって相談を受けている中で、印象に残っている相談もいろいろあるんだけれど、その中でも、不妊に悩んでいるという方が、それぞれ違う時期にお二人、私に不妊治療をしていると伝えてきたことがあったんだ。
そのお二人は、それぞれ「相談しにきた」のではなく、どちらかというと愚痴吐き程度だったと思う。
だけど、不妊に悩んでいる方も少なくはないし、そうした悩みってのも今までいろいろと聞いてきてはいるんだ。
なので、そうした情報を元に、考え方だけを伝えるようにはした。
もちろん、私に相談したところで、不妊治療が成功するはずもないし、不妊に関する様々な情報を伝えたとしても、そもそも専門医の元で治療(という表現でいいのだろうか)を行っているわけだから必要性も感じないからね。
ってことで、私がなにを伝えたかってのを、ちと書いてみます。

決して自分を責めないこと

その女性にそれぞれ一番強く伝えたのは、「なにがあっても決して自分を責めないこと」ということなんだ。
過去、女性は、子供が作れない事をさんざん責められてきた歴史がある、ってのはご存じの通り。跡取り問題とか、いろいろあるんだよね。その不妊の原因が男性側にあったとしても、それでも女性のせいにされてきたいきさつがある。
それに、女性だって、子供を望んでいるのに授からないというプレッシャーにさらされてきた。家族や親族などだけでなく、妊娠しない女性自ら、自分自身にそうして抑圧を与えていた、ってこともあるんだわ。
もちろん、妊娠したあとも、死産や流産などというのもあり得るし、さらに出産しても五体満足な子供が産まれてくるとは限らない(パーフェクトビーシンドロームってのがあるんで検索してみてちょ)。
でも、そうしたトラブル(?)ってのは、女性自ら望んでそうなったわけじゃないでしょ
そもそも、愛する人との子供を宿したい、元気な子供を産んで育てたい、って願望があるのに、それでも妊娠できない、でも、それって、女性がわざと妊娠しないようにし向けているわけじゃないでしょ。
ところが、そうして悩む女性は、そうなってしまったのは自分が悪いって思いこんでしまう傾向があるみたいなんだわ。
もちろん、過去の何らかの積み重ねによって妊娠しにくい状態になったとかいう経歴がある場合もあり得るだろうけれど、そのあたりはこの話には関係ない。
それより、「妊娠・出産を望んでいるけれど、それでもできない」ことについて、それを自分が悪いからだ、とかいうふうに考えるのは、それは筋が違うと思うんだ。

そんな時の、私の伝え方
ってことで、私が、そうした不妊についての相談や愚痴を聞いたときは、次のように話すようにしてある。

まず最初に、悪い事から話をするよ。
あなたが不妊で悩んだり苦しんだりしているのは、あなたが望んでそうなったわけじゃないでしょ。でも、そうした不妊に関するプレッシャーってのは、特に女性が受けやすいし、たとえ男性側に原因があっても、不妊治療は女性の側に多く負担がかかってしまう。
でも、そうした妊娠するしないってのは、それは運としか言いようがないんだ。
たとえ妊娠したとしても、死産や流産の可能性だってあるし、生まれてきても何らかの障害を持っている場合だってある。でもそれだって、あなたが望んでそうしたわけじゃない。
だからこそ、どんなことがあっても、決して自分を責めないようにしてほしい。そうなってしまっているのは、仕方がないことなんだ。
ただ、あなたが、見ず知らずの私に、そうして話をしたのは、それだけあなたが必死になって取り組んでいるってこと、それはなぜかというと、それだけ旦那さんのことを愛しているってことだよね。
なので、旦那さんとも、しっかりと話し合って欲しい。二人で決めてやってきたことについては、後悔するようなことは何一つないはずだよ。この話し合いの中には、もちろん、不妊治療を打ち切るって事も含まれる。
繰り返しになるけれど、ともかく、自分を責めないこと。それは、あなたのせいじゃないんだから。
その上で、うまくいくといいね。
結果どうなったかとかは、私に伝える必要はないよ。それよりも夫婦としての生活を優先してね。

と、こんな感じだよ。

後日談・嬉しい知らせが
ってことで、後日談。
そうやって相談して回答した内容については、その後どうなったかについては、私は気にしないようにしているし、聞き出さないようにしている。
気にならないのか、と言われると、確かに気にはなるけれど、それは好奇心の範疇になるし、そもそも見ず知らずの、どこの誰だか解らない方から受けた相談でもあるから、こちらから問い合わせを行うこともできない。そもそも、私が後にどうなったかなどを知るのは、それは単に好奇心を満たす以外の何者でもないし、その人の人生に介入することになってもしまうから、(相談を受けた相手すべてにおいてもそうだけど)その後どうなったかなんてのは、あまり気にしていないんだわ。
そんな中、まず最初に相談を受けた方は、後にうまく妊娠し、順調に育っていることを生放送中で伝えてくれて、でも「私に伝えてくれるのは嬉しいけれど、私に伝えることそのものはどうでもいいから、身体を大切にしてね」って伝えた。
後に、出産3ヶ月くらいして、無事に生まれ、順調に育っていることを教えてくれた。
そして二人目の方なんだけれど、その方も、妊娠したことを教えてくれたものだから、同じように、今後どうなるか解らないのだし、報告してこなくてもいいこと、身体に気を配るよう伝えていたんだ。
それからしばらくして、またとある日の夜、生放送でコメントしてくれたんだけれど、そのとき、「あれ?そういや、そろそろ予定日なんじゃ?」なんて思ってたら、「今日出産しました」というコメントが!
いやもうびっくりしましたよほんと、ってか、私が生放送しているからってわざわざそう伝えてきてくれたことにもびっくり。

妊娠した、無事出産したってのは、それは実際のところ、ただの結果論に過ぎないし、私は単に受け答えをしただけなんだけれど、それでも、すごく嬉しかった。

私の子供が欲しいか?
さて、私はというと。
若い頃は、「子供の父親になってみたい、子供を育ててみたい」という理想はあった。
でも、後に考え方も変わっていき、悦子と出会った頃には、そうした意識は完全に無くなっていた。
悦子と出会った当初、悦子自身は、「しーちゃんの子供、産んであげられるよ」とか言って、実際悦子がそうし向けようとしたこともありはしたんだけれど、んでも今は、私も悦子も、二人の子供が欲しいという意識は無くなってる。
このあたりは、経済的な事情とは関係なく、純粋に私たちの年齢を考えてのことだし、そもそも悦子はすでに一人子供を育て終えているのだから、それで充分なんじゃないか、と思ってる。悦子の子供を養子に迎え入れる考え方はないよ。
私が母から継いだ中野の家計は、元禄時代から続く古いものではある。資産といっても、お墓と先祖の遺骨だけだし、血筋を残す云々という考え方もこれっぽっちもない。
悦子とは、一緒に暮らしたいという意識しか持っていないんだわ。
ただ、不妊や妊娠、子育てに関する考え方そのものは、以前からいろいろと学んでいたもんだから、その知識がほかの人に役だったのなら、それで私は充分かな。



ちと強烈なタイトルの本ではあるんだけれど、踏ん切りをつけたいときの為の役に立つかな、と思って。
うまくいくのが一番いんだけれどね、んでも、人間の体って、そう都合良くできてはいないもんだから。
それに、子供を産み育てることだけが幸せってわけじゃないからね。他人の幸せを素直に喜べるくらいの余裕は常に持っていて欲しいと思う。


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