大人の発達障害と向き合う静葉ちゃんの試験室

静葉ちゃんが、適当にいろんなことを書いてますよ。

まいど(*・ω・)ノ
ちと、私がストリーム配信している、ニコ生での生放送で、リスナーさんから、「耳で聞くのが苦手なのはどうしてか」とかいう話題があったので、その話題を今回の記事のネタにさせてもらいますです。
私が発達障害の診断を受けたときに、医師から受けたアドバイスのひとつに、「意思疎通は、会話ではなく文章で行うように」と、メールなどを活用するようにと指導を受けています。
日常会話であっても、相手の言葉を耳で正確にとらえるのが苦手なところがあるわけなのですが…

耳が悪い、わけじゃない
そもそも、会話というものは、口で発声し、耳で聞くものです。
その、耳で聞くことそのものが不得手なんです。
mimi_sumasu_man2
でも、決して耳が悪いわけじゃない。
私の場合だと、左耳は、現在、耳鳴りに悩まされていて、ある一定の音域をとらえるのが苦手ではあるのですが、それでも、音は普通に聞こえます。右耳は異常なしです。
なので、音が聞こえたら、聞こえてることはもちろん解ります。
その上で、会話に関するやり取りを行うことが、そもそも健常者と比較して、とてつもなく苦手なんですね。
これには、さまざまな条件や要因が重なってくるんですけれど…

言われたことをすぐ忘れてしまう
症状として一番困っているのは、まさしくこれです。
発達障害者は、ワーキングメモリ(瞬間記憶)が、健常者のそれよりはるかに劣っています。
body_nou
これは、脳の「海馬」と呼ばれている部分に異常があるためとされているわけですが、このあたりの話については、いずれまたわかりやすく解説できるようにしてみます。この部分を明確に理解していただければ、発達障害者が苦手としている部分が見えてくると思います。
ともあれ、この脳の機能が著しく劣っているため、その場で行われている会話についても、次々に忘れてしまっていくんですね。
ひとつの例として、電話をしていて、その電話を切ったときに、今まで何をしゃべっていたのかわからなくなってしまったりします
こうしたことは、誰にでも一度は経験したことがあるとは思うのですが、その頻度がとてつもなく多いんですね。

言葉を誤解したり曲解したりしてしまう
そして、このワーキングメモリが原因による症状として、瞬間記憶の記憶違いも頻繁に発生します
相手が言っていることと、まったく関係のない回答をしてしまうことも多くあるのですが、それも、相手が何をしゃべっていたのかを、部分的に忘れてしまうから、と考えられます。
悦子と一緒に精神科医の診察を受けていたとき、医師の質問に対して、私はその質問を正確にとらえ、回答した、つもりでした。しかし悦子から、「しーちゃん気付いてる?全然関係ないことを言ってるよ」と言われたことがあったり…。
おそらく、そうした私の勘違い発言で、悦子もかなり苦労しているとは思うんですけれど…でも、私はそのとき、何をどう勘違いしているのか、全然わからないんです。

複数の話題についていけない
さらに、発達障害者は、ひとつのこと「だけ」しかできません。同時に複数のことを並列で行うことが苦手なのです
たとえば、会話中に、ひとつの話題で盛り上がっているときに、その話題とは全く関係の話題が突然振られてしまうと、それまで何を話していたのか、すっぽり消えてしまうんですね。
この症状は、会話だけでなく、実生活についても同じことが言えます。「これおねがい。…ついでにこれも」という感じでお願いされてしまうと、それがとても簡単なことであったとしても混乱してしまいます
ひとつの話題にまず集中させ、それをすべて終わらせてから、次の話題にうつるようにしなければ、それがどんな簡単な内容であったとしても、ワーキングメモリが劣っている発達障害者は、解らなくなってしまうんです。

周囲の音に疎外されて集中できない
たとえ1対1の会話であっても、周囲にさまざまな音が発生している場合、その会話に集中できない、あるいは音が混ざって聞こえてしまったりして、相手が何を言っているのかわからなくなります。それが、どのような些細な音であったとしても。
これは無意識のうちに、周囲の音を気にしてしまう傾向があるからで、決して耳が悪いわけではありません。

実は会議が苦手
さらに、これは特に自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の場合になりますが…
一対複数の対話が、とてつもなく苦手です。
kazoku_kaigi
これは悦子からも指摘されたことなのですが、家族での会話であったとしても、他の人がいろいろしゃべっていると、私はだまって聞いているだけになります。積極的に会話の輪の中に入ることができないんです。
要するに、1対1の会話のキャッチボールができているのであれば、ある一定の会話は可能です。ですが、どこからボールが飛んでくるかわからないような、複数での会話の場合は、やはり私はダメです
先日も、とあるワークショップに参加していましたが、どうやっても、うまく話すことができませんでした。
こうした、複数での会話の場は、さまざまな話題であふれています。それを頭の中でうまく整理することが非常に難しいんです。
講演会のような、一人で延々としゃべるだけの場であれば、なんとかなるのですが。

会話が苦手な発達障害者が取る対策は?

そこまで会話が苦手で、すぐに忘れてしまうのであれば、ならメモを取りながら話せばいいのでは、と思う方もいらっしゃるでしょう。
ですが、上記に書いたように、発達障害者は、複数の作業を同時に行うのが苦手です。話を聞きながらメモを取ることも、非常に難しいんです

会話が苦手な発達障害者が心がけることはあるの?
そんなこんなで、会話が、脳の機能障害のせいで苦手な私ですが…
では、どのようにすれば、うまく会話ができるか、どんな工夫ができるのかについて、私自身、いろいろとやってみたところ、対話の場面において、絶対にうまくいくような方法は、まだひとつも見つかっていません
唯一、わからなければ、もう一度言ってもらうようお願いするくらいでして…
私が落ち着くことができる雰囲気で、1対1での会話、そして相手が安心できると感じることができた場合は、会話そのものは、ある程度うまくいきます
もっとも、アスペルガー者の特性である、特徴的な言葉遣いがあるため、誤解されることも多々ありますが、そのあたりは、私の言葉は事務的にとらえて欲しいと事前に伝え、相手に理解してもらうようにしています。
そしてそれ以上に、なるべく文章でのやり取りを行うよう心掛けています。文章、特にメールやLINEであれば、送信する前に見直すこともできたりして確認しやすく、また情報を反復して読むことで理解がしやすいですね。
もっとも、中には、そうした文章でのやり取りを拒否されることもあります。やむを得ないのかもしれませんが…。

発達障害者に対して健常者に心がけてほしいこと
では、発達障害者に対して意思疎通をする際に、何を心がけてほしいか、ですが…。
hitsudan
発達障害者側は、しっかりと自分の意思を伝えたいと考えています。そのために、一般的な手段での意思疎通ではなく、筆談や、メールなどでの、文章でのやり取りを希望することもあります。
その希望を尊重しさえいただければ、安心して会話を行うことができるのです。
ですので、口でしゃべったほうが楽だとか、面倒くさいとか思わず、正確に、かつ明確に意思疎通ができるよう、配慮をお願いします

余談。ニコ生での私の感覚は?
ところで。
ニコ生でストリーム配信をずっと続けている私ではありますが、そのさい、リスナーさんとの対話がスムーズにできている、と感じている方も多くいらっしゃるはずです。
その、ニコ生での私の感覚は、その対話の場においては、1対0です。つまり、一般的な会話の感覚とは違うんです。
その時の私の感覚は、送信されたデータに対して受け答えをしている、という表現でいいと思います。
それでも、ひとつの話題に集中しているときに、まったく関係のないコメントがきてしまうと、それまで話していたことが頭の中から吹っ飛んでしまうことは多々。
こうしたことを自覚したことも、精神的にはしんどいことではあるけれど…しょうがないんだよなあ…。









まいど(*・ω・)ノ
発達障害に関する学習を行うことで、私自身が抱えている障害の理解、そして、私自身そのものへの理解を深めていっているわけですが、一方で、その勉強を進めつつ、その症状が出ているときに、実際に私自身は、どんな感覚になっているのかを言語化できるようにもなっていっています。
その言語化というのは、もちろん、私自身がそう感じるというもので、一般的に言われていることとは違っているとは思いますけれど、変な話、当事者が当事者自身の研究をしているってのは、あまり例がないんじゃないかなあ

話が長い?
さて、今回は、発達障害の中でも、これはアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の傾向の話になるやと思いますが…
hanashi_nagai_man
私がよく言われるのが、「話が長い」とか言われてしまうこと。
私は、相手に、私の意思を明確に、かつ確実に、誤解なく伝えられるよう心掛けているのですが、どうもそれが、相手にとっては、話が長いとか、くどいとか言われる原因になっているようです。
もちろん、これは、受け取り手の問題でもあるのやもしれません。
ですが、私は、ちゃんと私の意思を伝えることができているかどうか、かなり気にしているんですね。
この、話が長い云々は、いずれの機会に記事にするとして。

悦子と標準語で話しています
そしてもうひとつ。私は、普段から、標準語で話をしています
私は、生まれも育ちも徳島。県外に出で生活したことは、今まで一度もありません。
親とは、阿波弁で話すこともありますが、ですが悦子に対しても、いまだに、標準語です。たまにかんたんな広島弁が混ざります。「たいぎ~(めんどうくさい)」とか。
ちなみに、そうした悦子の広島弁を初めて聞いたときは、
question_head_boy
何のことか、さっぱりわかりませんでした。今では、「たいぎー」「たわん」とかは、悦子に説明してもらってわかりますし、そのためなのか、映画「この世界の片隅に」で使われている広島弁も、ほぼすべてわかりました。漫画原作も入手しましたよ。
映画については、気が向いたときにレビュー記事を書いてみることにします。迫力もなければ、わざとらしさもない(若干ファンタジーが入っていますが)、戦争中の、ごく普通の生活を描いた作品は、おそらく今まで無かったのではないかと思います。

私が標準語で話すようになったわけ

私がなぜ標準語で話すようになっているのか、ですが、これは、記憶を失う前の、実社会での経験も関係あるようです。
私の当時の仕事、そして記憶を失って以降に行っていた仕事もそうですが、不特定多数の方々と話をする機会が非常に多くありました。
ですので、阿波弁で話すと、阿波弁がわからない方々との意思疎通に問題があると考えたわけです
私の意思を正確に伝えるためにも、阿波弁を使うより、常に標準語を使うほうがいいと考え、独学ではありますが、普段は標準語を使うように練習をしていきました。
もちろん独学ですので、一般的な標準語とは、ややイントネーションに違いがあるでしょうが、その結果、徳島県人の方々に、「どこの生まれですか」と聞かれるようになることも多々。ずっと徳島で暮らしていると答えると、驚かれます。

話が長くはなってるけれど…
ってことで、標準語で話をしているのは、相手に配慮するためでもあり、そして私の意思を正確に誤解なく伝えたいため、と考えたから、なのですが…

こちらの書籍を読んでみると、アスペルガー者は、生まれ育った家族以外の方々とは、標準語で話す傾向があるそうです。それがたとえ良き伴侶であったとしても
実際、上記のように、婚約者である悦子との会話であっても、私は標準語を話しています。
ですので、悦子には、「標準語ではなく阿波弁で話してほしい」と、よく言われてはいるものの、今でも悦子と阿波弁で話しかけようとしても、なぜか、葛藤というか、抵抗というか、そんな感覚があります。
悦子は、「しーちゃんが阿波弁でしゃべってくれんけん、いまだに阿波弁が私にうつらん」とかぼやいておりました。
もっとも、私の母の阿波弁が少しうつっているようですが。悦子は、私の母と、仲良くしてくれています。

何故悦子に阿波弁で話しかけられない?
私は間違いなく悦子がハイパー大好き(・∀・)
でも、それでも、いまでも悦子に標準語で話をしている。他人行儀だとかそんな感じで悦子にも言われたことがあるのですが、それでも、いまだに、ほぼ標準語のままです。
なぜ、私が、そのように、いまだに標準語で話しかけているのか、なのですが…
それを私自身が、認知行動療法のひとつを用いて、私のことを推測してみると、結局のところ、悦子に誤解されないようにしたいから、という感じでした。
私の親とであれば、阿波弁で会話をしても、私の意思を理解してもらうことができる。これは、「親と阿波弁で話す」という習慣ができているから、ですね。
ですが、悦子とは、阿波弁で会話するという習慣そのものがもともとありません。それを、阿波弁で会話するよう修正しようとしても、【変化に弱い】という発達障害者特有の思考により、強烈な抵抗を持っている、と考えられます。

標準語を話すきっかけは、コミュニケーション能力が要因?
アスペルガー者(自閉症スペクトラム)は、対人関係、つまりコミュニケーションに関する障害を抱えています
私自身、発達障害と診断され、その勉強を進めるうえで、過去の、そうした対人関係に関するトラブルを振り返っていきました。そして、私の、コミュニケーションに関する考え方が、健常者のそれと大きく違うことがわかりました。
もっとも、それでも、私は、健常者のコミュニケーションの考え方のほうがおかしいと思ってもいます。このあたりのことは、いずれまた違う記事で書くとして。
ともあれ、そうして、対人関係のトラブルを数多く経験しているからこそ、相手に、正確に、明確に意思を伝えたいと自然に考えるようになったことから、標準語を話すようになっていったと推測しています
ですが、そうして標準語を話すようにしたことで、同じ徳島県人からは不自然に思われるようになったと考えられます。徳島県人にとっては、阿波弁を話すのが当たり前。標準語のほうが、かえって珍しいのですから。

今後悦子と阿波弁で会話できるの?
とまあ、このように、普段から標準語を話し続けている私ですけれど…
shinpai_man
ここでひとつ気になるのが、悦子に対して、今後も標準語で話しかけるのか、ってこと。
何度も阿波弁で話をしようとしてみたことがありはするものの、ちゃんと言葉が出てこなかった。
それに、私が標準語を話しているとはいえ、会話による意思疎通はできているわけだし、阿波弁で悦子に話しかけるという必要性もないんじゃないの、とか、普段から、阿波弁を話そうとしても、なんかわざとらしいという感じがするとか、そんな感覚になるんです。
私の、そうした、アスペルガー症候群の特性については、悦子は理解している、と言ってくれていることもあるため、悦子に阿波弁で話しかける努力をしないでいい、の、ですが…
普段から阿波弁で話すことのない私には、難しいことなのやも知れません。

一人称が「私」である理由
ちなみに、これは余談ですけれど…
普段から、私の一人称は「私」です。それ以外の言葉は使ってはいません。
なぜ私が「私」と表現しているか、とある方から質問を受けたことがあるのですが、どうもこれは、何かの漫画の影響のようです。
どの漫画なのかは解らないのですが、社会人になったら、一人称は私にしなさい、という感じの台詞があるのを、その質問を受けたときに思い出しまして、おそらく、それを見てから、「私」と表現しだしたのではないかと。
ですが、何らかのきっかけで、ふと「俺」と表現することがあります。年に数回あるくらいのことではあるもの、ふいに「俺」という言葉を口にします。
なぜ、「俺」という言葉が出るのかは、いまだによく解っていません。
そもそも、私の事を「俺」と表現することを、私は嫌っているようにも感じています。嫌っている一番の理由は、普段、使わない言葉だからだと思うのですが。
なぜいきなり「俺」という言葉が私の口から出るのか…ただし、見ず知らずの方々の前で「俺」という言葉が出たことはありません。
communication_hanashiai
悦子と話をしているときにだけ、ふいに「俺」という言葉が出ています
と、いうことは。
私が「俺」と言ってるのを聞いたことがあるのは、おそらく悦子だけなんじゃないかな?


茉莉綉球(ジャスミンティー) 福建省福州産 100g
ジャスミン茶の中でも、比較的値段が手頃かつ、おいしいお茶がこちら!
抽出時間を短めにさえすれば、茉莉花のふっくらとした優しい香りがお茶から漂い、一口含めば、幸せな気分を楽しむことができますよ♪



当ブログの、こちらの記事もご参照あれ♪
茉莉綉球(ジャスミンティー) 福建省福州産



まいど(*・ω・)ノ
悦子と出会う前と、出会って以降とで、私、かなり変わりました(☆゚∀゚)
精神的にもそうなんですけれど、生活についても、かなり変わりましたね。
その、悦子と出会う前はというとですね…たとえば…

作業服だけあれば問題なっしんぐ
そもそも体格も大きいものだし、一般的なお店に行っても、私の体にあう服ってのは、なかなか手に入りません。ユニクロにも一度行ったことはあるんですけどね、んでも服が小さくて入らなかったんですわ。
job_sagyouin
でも、作業着なら、大きなサイズのものもあるし、何より、一年中同じ服でOK!
なので、作業着を、色違いの上着3枚、ズボン2枚で、これを一年中着ていました。
だって、綿の作業着なんだし、着こなしなんて気にする必要ないもんね。
夏場に関しては、同じく色違いの半袖のトレーニングウェアばかり着ていました。
私の過去の動画を見ていただくと、そうして作業着ばかり着ていたのがお分かりになると思うのですが…ともあれ、このように、同じものの色違いばかりを着ていたわけです。
要するに、約20年、同じ服で過ごしていたんです。
それに、何日も同じ服を着ているときもありますね。夏場はともかく、冬場は、同じ服を3日着続けているのは当たり前で、「ずっと同じ服着てる」と指摘されることもあります。…そういや今日着てる服も3日目だなあ。

悦子がキレた!
そして悦子と出会って以降も、私は、作業着ばかりを主に着ておりました。
悦子と出会ってすぐに、阿波踊りがあり、一緒に行ったのですが、そうしたデートにも、しっかりと作業着を着てお出かけしています。
そうして、どこに行くにも作業着を着ていた私に、悦子がキレた。「もっとおしゃれに気を使いんさい!」って。作業着を着た人とデートするのは、なんかやだって感じで。
job_stylist
そして、しまむらに連れて行かれまして、…しまむらには、大きなサイズ専用のコーナーがありまして、価格も手ごろ。で、「これとこれ!」って感じで悦子が服を選び、それらを買いました。
そして髪も、それまで、2~3か月に一度、だいぶん伸びたな、って思ったときに散髪していたのですが、もっと短くしろってことで、散髪に行かされたり、あるいは悦子がバリカンで髪を切ったりしています。

確かに服は増えました
そんなこんなで、普段着が一気に増えましてですね…
fuku_tatamu
それから私は、普段は作業着は一切着なくなりまして、悦子が選んだ服を着るようになってます。
言い方を変えると。
そうして悦子が選んだ服だけを着るようになってます(・∀・)
むしろ、私から服を買いに行くことは、まったくないですね。昨年も、秋ごろに、冬用に新たにズボンを2枚購入したくらいで、それも悦子にしまむらに連れていかれてのこと。
自分ひとりだと、たまに下着を購入するくらい。それも年に2度あるかどうかって感じです。

服には無頓着?
とまあ、このように、おしゃれにはまったく無頓着な私ではあるのですが、ではなぜ、そうして服に無頓着なのかというとですね、結局のところ、「考えていない」から、だったりするんですね
よく、発達障害者、特にアスペルガー者(自閉症スペクトラム)は、こだわりが非常に強いとされています。これは私自身もある一定の自覚はできるようになってはいるのですが…
では、その私が、なぜ悦子と出会う前に作業着ばかりを着ていたかというと、結局のところ、作業着以外の選択肢をまったく考えていなかったから、なんですわ。
そして、悦子に連れられて買った服ばかり着て、自分では買いにいかない理由も、同じく、服を買う必要性をまったく考えていないからに他なりません。
要するに、そもそも、そうした衣服に関して、私は興味を持つことができないんですね。

こだわりが強い、んじゃないんです
繰り返しになりますが、発達障害者、特に自閉症やアスペルガー症候群、広汎性発達障害者は、特定の物事についてのこだわりが強いと言われます。
私の場合ですと、筆記具についての知識もそうですし、最近では思考術関係の知識もそうです。パソコンに関しても、私がパソコンを使うために必要な知識は一通り持っています。
shinpai_man
ですが、こだわりが強い…という表現は、私は違うと思っています。
むしろ、自分が興味を示したもの以外の事柄について、認識することができない、という感じですね。
作業着ばかり着ていたのも、そもそも「作業着でなければ」という価値観が自分の中に形成されていたから。それ以外の衣服について興味を示すことがなかったんです。
そして現在でも、悦子が選んだ服以外は、基本的に着ていません。これも言い方を変えると、悦子が選んだ服以外に興味を示していないから、と言えます。
また、私が昨年購入したズボンに関しては、これは私が選んだのですが、ですがこれも、今まで私が着ていた作業着と同じような感覚で選んでいますし、このところ、この2枚のズボンばかりローテーションではいています。
つまり。
そうしたもの以外の選択肢を認知することができていない、という感じの表現が正しいかと。
これは、発達障害者が「変化に弱い」と言われるところにも話がつながります。また、掃除が苦手な理由にもつながる話だったりします。

認識すれば、なんとかなるけどね

このように、おしゃれに無頓着なのは、私にそうした思考特性があるからなのですが、もちろん、何かのきっかけで意識すれば、自分から行動することはできます。
たとえば、悦子と出会う前は、髪が長くなってきたと認識することができれば、私は散髪に行っておりました。その散髪に行くペースは、2~3か月に1回くらいです。前髪が目に入りそうになった、ってのが目安でしたが、ともあれ、そうして髪を切らなければならないと意識するのが難しいわけです。
同じように、おしゃれ以外のものでも、「なぜそのようにしなければならないのか」を、論理的に、真剣に考えることで、ようやく自覚することができます。
その、自覚するための「気づき」ができない。また、それを指摘されても、なかなか受け入れることができないんですね。
現在では、悦子に言われたら、素直に聞くようにしていますが、言い方を変えると、そうして自覚することそのものを悦子に任せている、といったところでしょうか。
pose_oisugaru_man
もう悦子なしでは生きていけない、お願い捨てないで(´;ω;`)




あ。
悦子との関係は、良好でございますよ♪
couple_nakaii_hug
先日、ニコ生で、二人で生放送をしていた様子を、タイムシフト視聴していた悦子が、「なんかほのぼのしてる」とか表現してました。
そう言われて私も改めてその様子を見てみると、なんか不思議な感じではありますね。そのあたりの動画、集めて編集してみようかしら。



この書籍、発達障害のことを正確に記しているだけでなく、どのような誤解があるのかも書かれており、非常に参考になりますよ。


プーアル茶【熟小沱茶】100g
非常にお手軽な、プーアル茶の熟茶ですよ♪
このまま茶壺や急須に入れてお湯を注げば、プーアル茶の完成なのです!しかも、この茶葉の分量で、最低でも5杯はお茶が抽出できるよ♪
ちとクセもあるので、長めに洗茶してから飲むのをお勧め。また、茶葉が細かく砕かれているので、その点にも注意なのです♪
品質が常に安定している、お手軽なプーアル茶として楽しんでくださいね~




どうも(*・ω・)ノ
なんだかんだで毎日何かしらやらかしている私ではありますが、それもこれも、脳の異常によるもの。
その異常のせいで、健常者と比較してかなり面倒な生活を送っておりますが、工夫することによって、何とかなっていることもあるんです。

自転車かスクーターに乗って移動してます
さてさて、私が住んでいる地域は、公共交通手段があまり整備されていません。
バス停まで遠いわ、そのバスも1時間に1本バスが来るかどうかって感じで、都心部に比べて、移動が不便だったりします。タクシーしょっちゅう呼べるほどお金もありませんし。
ですので、徳島で住むには、こうした公共交通手段があまり整備されていないことから、生活には移動手段が必須。なので、一般家庭でも、車を数段保有していることも珍しくありません。
言い換えると、それだけ徳島で暮らすためには、自家用車などが必要、ということなんですね。
かくいう私は、自転車とスクーターを併用しています。

自転車はなぜか2台あります
yubin_jitensya_bin
自転車は、クロスバイクを使用。クロスバイクっていっても、手ごろなお値段のものなんですけどね。
1台目は、交通事故に逢って廃車(´・ω・`)
2台目は、その交通事故で廃車になったクロスバイクと同等のものを入手。さらに荷台や前かごをつけて、荷物の運搬を容易にできるようにしてました。
が。なんと盗難に逢いまして、やむを得ず、通販で、送料込み1万円ちょいくらいのクロスバイクを購入し、使用し続けておりました。
クロスバイク 自転車 【即納】【送料無料】 26インチ 軽量 シマノ6段変速 メンズ レディース 男性 女性 通勤 通学 街乗り おしゃれ 【一年安心保障】
クロスバイク 自転車 【即納】【送料無料】 26インチ 軽量 シマノ6段変速 メンズ レディース 男性 女性 通勤 通学 街乗り おしゃれ 【一年安心保障】
↑こういうのです。
そして盗難に逢ってから1年後くらいだったかな。警察から連絡がありまして、その盗難にあっていた自転車が見つかった、とのこと。
なので、現在、私の自転車は2台。気分に合わせて使い分けていたり、また、悦子とのサイクリングデートにも使っていたりします。
手ごろな値段のクロスバイクですが、楽しいですよ♪ 最近は、月500円くらいで自転車用の任意保険があるようですし、私も早めに入っておかなければ。

中古でスクーターも入手
bike_scooter_man
そしてスクーターも、こちらは中古で3万円で譲ってもらいまして、それを現在ではおもに使用しています。何しろ、通っている場所までかなりの距離がありまして、自転車で行くにも無理があるもんだから。
このスクーターで、今まで、広島まで二度ほど行ったこともあったのですが…
実は購入してから、何度も故障したりトラブルに逢ったりしてですね、修理代だけで10万円は使ってます(´・ω・`)
タイヤの交換は、これは必要なことだから当然だとしても、マフラーに穴が開いてだめになって丸ごと交換したり、スピードメーターが動かなくなってその部品も交換しなきゃならなくなったとか、あげくのはてに、ベルトがちぎれて走行不能になったとか。
よくこんな状態で、2回も広島まで往復して無事だったもんです、はい。
特にベルトについては、引きちぎれてずたぼろになっておりまして、バイク屋さんがいうには、「場合によっては転倒して大事故になっていたかも」とか言われたり…こわいこわい。
んでもまあ、こうしたトラブルに逢ったことから、最重要パーツはすべて交換していますので、これで安心して乗れるってもんです、はい。…修理代トータルしたら新車買えてるやんけ。まあいいけどね。スクーターで移動するために節約できる時間を買ったわけだから。

自転車にもスクーターにも鍵は必須!
で、この自転車にもスクーターにも、当然鍵はついています。
key
鍵は、カラビナにつけて、家の鍵と一緒にし、計3つの鍵をまとめているわけですが…
出かけるときになって、鍵を探すことなんてのは、日常茶飯事!!
自宅に帰って鍵を置いて、次の瞬間、鍵をどこに置いたのかわからなくなってあちらこちらを探すことなんて当たり前。
それどころか、どこを探しても見つからない、まさか…と思って外を見ると、スクーターにしっかり鍵が刺さったままになっとる。これが一度や二度じゃなく、しょっちゅうだから困ったもんです。

それって誰にでもあることだよね?と思うでしょ。でもね…

こんなことは、私にとっては日常的なわけですが…
鍵をどこに置いたのか忘れたなんて、誰にでも経験あるよと、おそらく誰もが思うんじゃないでしょうか
確かに、こうして、鍵をどこに置いたかとかいう、うっかりミスってのは、誰にでもあります。
ですが、発達障害の3つの特性のうち、ADHDが強く出ている人は、この頻度が非常に高いんです
こうして鍵がどこに置いたか忘れたのが、年に数度くらいある程度なら、これは誰にでもあることです。
でも、ADHDの特性が強い人は、それがほぼ毎日なんです(´・ω・`)
これは、脳の機能のうち、海馬という、短期記憶をつかさどる部位が成長していないため、あるいは、脳に何らかのノイズが発生するためなどと言われておりますが、ともあれ、健常者と比較して、この海馬がうまく機能していないため、短期記憶が苦手となり、結果、生活に支障が出る、とまあ、こういうわけ
要するに、こうして、すぐものを忘れてしまうのは、それは脳に異常があるためで、その人自身が悪いわけじゃないんです。
このあたりの話は、「障害者とは何か」を考えていただくとわかるかな。いずれ記事にしてみます。

鍵を紛失しないようにした私の工夫
では、どうすれば、可能な限り、鍵を探す手間を省くことができるようになるのか。
そもそも、私、発達障害の勉強をするまで、私がそうしてしょっちゅう鍵を探すことそのものを意識していませんでした。私にとって、そうして困ることそのものが、当たり前だったし、どうすればうまくいくかと考えることすらなかったんですね。
その上で、ADHDの特性を理解し、では、どのようにすれば、鍵を可能な限り紛失しないようにできるか。鍵を置いた場所を忘れないようにする努力ではなく、鍵の置き場所を気にしなくて済むように工夫することを考えたんです
私は、出かける際は、必ず、バッグを持ち出すようにしています。些細な用事であっても、です。
このバッグの中には、外出先で使用するであろうさまざまな道具が入っています。財布や携帯はもちろんのこと、身分証明書、医療関係の書類、血糖値を測定する機械、外出用の手帳、ノート、タブレットPCなどなど…
こうして、外出先で必要になると思われるものを全部持っていこうとするのは、これはアスペルガー者(自閉症スペクトラム)の特徴でもあるようなのですが、この話しについては、またの機会にするとして。
このバッグに、鍵を、カラビナでまとめて、バッグの金具に必ず取り付けるようにしました。

それでも完璧ではないけれど
このように、バッグに鍵を取り付けるようにしさえすれば、バッグを身に着けると、自動的に鍵も手にすることができます。
つまり、鍵を探すという行動を行うという手間から、私はこれである程度解放されたんです
でも、完璧ではないんですわこれが。
前述のように、スクーターに鍵をつけっぱなしにすることは、これは現在でも、週に一度は、必ずやらかします。…よく盗難にあわなかったなあ、ほんと。
それでも、以前とはくらべものにならないくらい、鍵を探す手間がなくなりました。言い方を変えると、鍵を探すという無駄な時間を、かなり減退させたわけですね。
ただ、現在ではそのようにできてはいるものの、発達障害者は、そもそも習慣づけが難しいとも言われているように、その習慣を行う明確な理由を強く意識しなければ、鍵をかばんに取り付けるという行為に繋がりません。実際、現在でも、頻度は減りましたが、かばんに鍵を取り付けなかったことで、鍵を探すことはあります。
ですが、それでも、以前に比べて、鍵を探す頻度は大幅に下がっています。
私の場合、「かばんに鍵を取り付ける明確な理由」を認識する必要があったからこそ、意識してかばんに鍵をつけるようになっていますけれど、その意識ができなかった場合は、スクーターにつけっぱなしだったり、家のどこかに鍵を置いてたりして、困ったことになってしまいます。

なお、なぜスクーターに鍵をつけっぱなしにしてしまうのかについては、その時の様子の言語化もできていますし、いずれ紹介します。




まいど(*・ω・)ノ
発達障害と診断されてから、まもなく2年になります。
私自身を理解するためにも、その発達障害に関する勉強を続けているわけですが…
いやもう、発達障害に関する書籍を読むと、見事に私のことを書いているもんだから、診断されて1年くらいは、精神的にきつかったですね。
今では、そうした障害を持っている自分自身を理解することで、気持ちとしては楽になっているわけですけれど…さてさて。

私、あまりご飯を食べません

これは以前からずっと言われていたことだけれど、私、麺類を食べてることが本当に多いんですよね。
food_udon_kamatama

特に、うどん。私はうどん大好きです(´∀`*)
とはいっても、常にうどんを食べているわけでもないんですけどね。自宅でも、うどんを食べることは、週に1度あるかどうか。それに、近所に、値段の手ごろなうどん店もあるし。最近行ってないけど。
一方、自宅では、あまりご飯を炊きません。
kome_tawara

一応、お米は買っているんですけどね、んでもふと気が付くと、先月なんて、3週間ほど、ご飯を一度も自宅では炊いていませんでした。
では何を食べているかというと、主食がなければ、おかずだけ食べていればいいわけでして、悦子からは、「よくおかずだけでご飯を済ませられるよね」なんて言われてたりします。
私自身は、そうして、あまりご飯を炊かないことそのものについては、さほど意識をしていませんでした。
以前から、親だけでなく、私の動画を見ている方々からも指摘されていたことなのですが、まだ発達障害がわかっていなかった当時、私は、「ちゃんとご飯も食べているのだし、麺類は確かに好きだけれど、麺類ばかりじゃないのに」と考えていました。
しかし発達障害者の特性のひとつである「感覚過敏」について調べていると、なんか思い当たることがありましてですね。

感覚過敏って何?
この、感覚過敏というのは、要するに、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…といった感覚に対して、とある感覚、要するに刺激ですね、それに対して過剰に反応してしまう傾向のことです。
私の場合も、さまざまな特定の感覚に対して、過敏に反応してしまう、つまりストレスになるという傾向があります。
たとえば。
mabushii_man
光に関する感覚過敏もありまして、特に鉛筆で書いた文字が、反射によって輝く「金属光沢」という現象が私はともかく苦手。なので、トンボ鉛筆に相談したこともあります。一般的な方々であれば、気にならないようなことが、私は苦手なんですね。
要するに、「気になってしまう」。そして気になってしまうことが「ストレス」となってしまい、結果として、この場合であれば鉛筆が苦手だという原因だったわけです。
bunbougu_memo
最近では、その感覚過敏を理解したうえで、個人的に、鉛筆を使うトレーニングを行っていたりします。が、まだまだ苦手意識は抜けていません。

そして味や食感にも感覚過敏が…
まず私には視覚に対する感覚過敏があることを紹介しましたが、この、鉛筆が苦手だという明確な理由がわかったのも、発達障害に関することを学んだことで、ようやく理解することができたことです。
要するに、それまで、なぜ鉛筆が苦手なのか、考えたこともなかったんですね。
そして、この私の感覚過敏は、味覚や食感にも、同じようにあるのではと考えたんです。

私は、ごはんが苦手
ごはんそのものは一応食べることはできます。そもそも主食ですし。
cooking_onigiri_man
一時、塩だけで握ったおにぎりにはまったことがありまして、毎日の昼食は、そのおにぎりだけ、なんてこともありました。
ですが、白ごはん「だけ」で食べることは、振り返ってみると、私はあまり好きではないらしい

卵かけごはんや、どんぶり飯、カレーなどは食べますけれど、たとえおかずがあったとしても、白ごはんのみで食べることは、あまりない、ってことをまず自覚しました。
では、なぜ、白ごはん単体で食べるのが苦手なのだろうか。
ここで、私が何を行ったかというと。
白いごはんだけを、時間をかけて、ゆっくりと食べること。そして、ごはんの食感や味を確かめること。これは、マインドフルネスの応用なのですが、ともあれ、こうして、ごはんの味を確かめつつ、その時の私の思考について観察してみました。
そして、結論として出たのが、「ごはんの味が、あまり味気ないため苦手になっている」ということだったんですね。

どうすれば、ごはんを食べられるか
先日も、悦子から、「とりあえずごはんさえ炊いておけば、あとはレトルトカレーでもインスタントみそ汁でも用意すればいいだけなんだから」とか言われたりしましたし、私も改めてそのことを自覚したのですが…
では、どうすれば、ごはんを食べられるようになるの? ってのを、私なりに考えました。
前述のように、カレーを作ったら、場合によっては、炊いたごはん2合分すべてを食べてしまうこともありますし、food_tamagokakegohan
卵かけごはんや、どんぶりものなども好んで食べています。
と、いうことは。
ふりかけかけるといいんじゃね?
ってことで、ごはんに、何らかの味付けをすることで、ごはんの味そのものをさほど気にせずに食べることができるのがわかりました。
あるいは、味噌汁と一緒だと、ごはん・味噌汁だけの食事でも苦にならず、普通に食べています。

ただの食事の好き嫌いってわけじゃない?
このように文書で書いてみると、「ただ単に食事に好き嫌いがあるだけじゃないの」と思うはずです。こうして文書化している私もそう思います。
でも、ごはんそのものが嫌い、とかいう話じゃないですし、そもそも私、ごはん党だと思ってたりします。和食大好きですから。食パンなどパン類もあまり食べないですね。
それに、おかずに関しても、ある一定の味のものが苦手であることも最近わかってきています。
白菜を薄味で味付けした煮物は、あまり食べません。ですが、同じ白菜料理でも、漬物や、鍋料理になると、けっこう食べています。
このことから、薄味のものが苦手なのかとも思っていました(そもそも、徳島県人の作る料理は、全国的に見ても味付けが濃いらしい。徳島県人の味付けについては、こんなブログもありました)。
ですが、同じ薄味でも、とあるお店の料理に関しては、素材の味を引き出した薄味で、私も、悦子も大満足していたりして、その料理する人の腕前次第なのやもしれません。

同じ発達障害者でも人によって苦手な感覚は異なる
なお、この記事を読んでいらっしゃる方は、この記事を読むと、「発達障害者は総じてごはんが苦手なのか」と思われるやも知れません。ですが、それは誤解です。
この話は、単に、私がごはんが苦手だというのがわかったこと、それが発達障害者の感覚過敏が原因だと考えられること、というだけです。
そして、この感覚過敏は、人それぞれ、どの感覚が苦手なのかが異なります
一方、この感覚過敏を理由として、好きな感覚というのもあってですね、それが例えば私が使用している筆記具の素材についても言えるわけですが、このあたりの話は、いずれまた、ということにして…
ともあれ、感覚過敏を理由とした、苦手な感覚というのがいろいろあるということ、特に発達障害を持つお子さんを育てていらっしゃる保護者の方々には、お子さんは、自分の意思を伝えるのが苦手ですので、そうした苦手な感覚がいろいろあるということを理解していただきたく思います

それでも大嫌いな食べ物
食べ物の好き嫌いというのは、これは誰にでもあることだと思います、たぶん。
爆笑問題の田中さんは、
food_hoshi_shiitake
しいたけが苦手だそうでして、以前テレビ番組で、しいたけが食べられるようになるようどうにか克服しようとしておりましたが、やっぱりダメだったようです。催眠術をかけて、しいたけを食べられるようにした…ままにしておけばよかったのに、催眠術を解くと、食べていたしいたけを吐き出した、なんてのが放送されていました。
まあ、爆笑問題の田中さんのことはともかくとして。
この、好き嫌いというのも、感覚過敏、つまり特定の味や食感、香りなどに対する感覚が苦手だから、つまり感覚過敏が理由だと考えると、納得できるやもしれませんね
つまり、この場合の、食べ物の好き嫌いは、感覚過敏、つまり脳に原因があると考えると納得できると思われます。ただの食わず嫌いとは、また違うわけでして、どう努力しても、どうにもならないことなんです
子供の成長過程において、子供がピーマンやトマトが苦手などの、子供の好き嫌いに関しては、子供の成長に応じて解消されるものもありますが、これも脳や各感覚神経などが成熟していないから、とも言えます(実は医学的にはこの表現は間違っているようなのですが、あえてこう表記します)
ほかには、トラウマみたいなのもあるでしょう。
ちなみに。
私は、それでも、食べることができない食べ物はあります。
特にメジャーな食べ物の中でも、
food_osechi_kazunoko
数の子が大っ嫌い!
もっとも、そもそも数の子なんて、一般家庭でも出るようなもんじゃないんだが…
この数の子に関する話については、また別の記事で。





この書籍、アスペルガーの理解だけでなく、対策みたいなのもいろいろわかりやすく解説してくれていておすすめですよん♪
 

 

このページのトップヘ